もう二度ともう一度

「できる子とできない子」

 2学期期末テストが採点を終えて返却されていた。早川は遂に400点近い成績までに詰めて来た。

「へぇ、早川頑張ってんなぁ!」

 覗き見ていた少年は、一年生の時から同じクラスだ。あの頃、確か100点台後半とかその程度しかなかった。

「サイコロ、得意なんだ」

 本当は隠れてガリガリやっているが、今目の前にいる少年と人生40年の自分の実力が変わらない事は、吐いた軽口とは裏腹に早川を内心は焦らせていた。
 ならば、自分と同じ様な境遇の人物はどうか?早川の視線はそちらに向けられた。

「高見さん、すごーい!」

「うわぁ、これ100点じゃん」

 直接姿が見えないほど、女生徒数人が集って見せ合う状態だった。

「ううん。ちゃんと授業を聞いて、記憶してその範囲でわからない所だけピックアップして、気をつけておけば誰でも出来る事だから」

 質問されていた塾や自宅学習も否定していた。単純に記憶だよりらしい。それにしても何故か声が大きかった、まるで自分に聞こえよがしだ。

「チッ、嫌味なヤツだ・・!」

 苦虫を噛む早川に、野々原は社会科の結果のみ聞いた。彼女は歴史は苦手なのだ。

「アタシ、歴史ホント苦手なんだ」

 そう言って唯一足を引っ張ると言う教科は80点近い。こちらも総合で早川を上回ると言う事だろう。
 しかし、早川もそこは軽く90点を叩き出す。オッサンは歴史が好きな人が多い、単なる興味がこの差になっただけだ。

「うわ、凄いんだ!また教えてね?」

 これはもちろん、彼女なりの励ましであり、それはある種の「タオル」に思えた。

『俺は、俺は必死でやったんだぞ・・!どいつもこいつも、クソッタレどもめ!』

 早川にはゆとりは一切なかった。受験で進学校へ、と言うのは難しいかもしれない。
 何故なら自分はギリギリ付いていくのがやっとだが、例えば比べてみたら前の席の子などは部活もしていて釣りの話しばかりだ。
 それでもほとんど互角なのだし、早川の限界はここらかもしれない。最終的に先に横っ腹が痛くなるだろう。それを体感しながら中学生達を相手に血管を浮き立たせていた。

「早川君、頑張ってるのね!私も少し見習わないと!」

 芝居掛かっている、まるで下手な台詞読みだ。高見真知子がこちらへ来たのである。それから早川を廊下へ視線で誘導した。



「私が教えてやろうか?このままだと同じ高校生活は望めないだろうからな」

 二人は場所を変え、また誰も知らない関係性を持って会話の続きをしていた。中学生やらに教わるより精神的にマシだろうとも、薄ら笑って高見真知子は言った。

「今のうちに、いい気になっていろ!」

 追い抜く。と続けて言おうとして、先制告知された彼女の最終学歴に怖気づく。早川でも聞いた事のあるこの地方の一流大だった。

「クソッ!」

 その姿を、高見真知子は可愛いと笑った。

「あのお母様の為か?それとも自分の為か?別にそこまで頑張る必要はないだろう、私達は向こう二十年の社会の動向が完璧に読めるんだから」

 やり方がわからないのなら、纏めて面倒見てやってもいいとも言われた。単純に屈辱的だ。
 早川は何も言い返せないで立ち尽くした。そんな二人の間に、聞き慣れた声が割って入る。

「あれ?こんな所で二人ともなんの話ししてるの?」

 野々原だ。彼女はこの二人が気になっているが、何処か遠慮がちだった筈で、まさか自分から干渉して来るとは思えなかった。

「あっちゃん!うん、テストの話しをね・・早川君がコツを教えてくれって」

『そんな事言ってねーぞ』

 と、思いながら気になる事があった。「あっちゃん」そう、高見真知子が野々原をあだ名で呼んでいる。

「え〜?私も教えて欲しい!」

「ウフッ、じゃあさっそく今日から、終わったら・・そうだ駅前でドーナツ食べながらしようね?」

 早川の前で、目まぐるしく事態が急転していた。ちょっと飲み込めない。 そして、早川も行くか?と聞かれて彼は答えた。

「あ、あの・・俺、家とかで勉強、とかしないから」

 そう言って、その場を逃げるのがやっとだった。
 しかも、かなり情けない言い訳と嘘を言ってしまった。本当は必死で努力している。

「ク、クソッ・・あいつ等何考えてやがるんだ!?」

 早川が勉強が出来ない理由の一端は、この処理能力の遅さにあるのかもしれない。
 ふと、「こうなったら研進ゼミを・・」と言う思考が浮かんだが、自分と赤ペン先生のやり取りを思うと、廊下の壁を蹴りつけてしまっていた。
< 22 / 43 >

この作品をシェア

pagetop