もう二度ともう一度

「心労」

 本格的に冬も近づいて来た。登校中の生徒にはコート姿もチラチラと散見出来た。
 そんな中、下はシャツ一枚で生活している。早川は身体が頑丈なのだ、あれだけ生きてもまともに病気もしなかったのだから、頑健その物だろう。

「高見のヤツ、次はなにを企んでいるんだ?」

 家が近い早川と高見は、時折この東側の校門で出くわす。 
 この頃にはこんな風に彼女が視界に入るだけで、身体が反射的警戒から身構えるザマだった。
 そして、その魔の手が今や野々原あずさに伸びようとしている。彼は精神の方面ではまるで不健康な状態とも言えた。

「おはよう・・!」

 高見真知子は早川に気付くと立ち止まり、背筋を伸ばして会釈した。

「やめろ、気色の悪い!」

「挨拶も出来んとは、まだ躾が必要らしいな」

 タダでは通さないと言いたいのか、彼女は小声でいつもの声色になった。
 それでも二人は、距離は開いても同じ様に教室に向かって行った。


 4時限目、野々原達の仲良し女子グループにメモが回っていた。五教科以外は皆リラックスしているモノだ。
 内容は、冬休みに皆で何か楽しいイベントがしたい。と言うモノだ。
 しかしながら発案者は具体的には企画もなく、それを募っていた。

 一方、早川は腕を組んで眼を閉じていた。軽く寝ているのかもしれない。

 そんなメモが周り、野々原はまたそれを受け取って開いた。

【お泊り会なんかどう?私の部屋で良かったら】

 いつの間にか溶け込んでいた高見真知子の提案に、野々原もその前にメモを開いた女生徒もOKと書いていた。最終地点で二谷もサムズアップした。皆、一様に喜んでいた。

 終了のベルが鳴ると、招待状となったメモを見た生徒達が集まる。それを、ベルで起きた早川は不思議に思いながらチラりと眼を配らせた。

「高見さんいいの?」

「私ン家、親うっさいからな〜」

 ワイワイと盛り上がる友達に囲まれて、高見真知子は趣旨を述べた。

「名目上は、勉強会だからちゃんと説明すれば大丈夫よ。あと二谷さんタコ焼きパーティー、用意しておくわね?」

 夕食はタコ焼きにしようと高見と同時に話していた二谷に、高見真知子は了承もした。

「よっしゃ、ウチが本場の味を教えたるわ!」

 関西の出の二谷は腕が鳴った、そんな女の子達はそのまま昼食を囲み誰もが楽しそうだった。

 その放課後、買い物に付き合ってくれと野々原にせがまれた。無下にも出来ない早川は了承した。
 重たい大きな荷物だからと。どうやら今日の放課後、これかららしい。

「わかったわかった、その店まで行くよ」

 お礼を言って、野々原は離れて行った。しかし、妙だ。親に頼めばいいのに、とは思うが。


「遅いぞ、早川!」

 約束の場所にいたのは、約束の人ではなく高見真知子だった。挙げ句にたった10分にも満たない遅参でイライラしている。

「お前、なんだよ!?」

 なんだじゃない、さっさとコレを運べと買ったばかりの布団を二つ指差した。

「ふざけるんじゃあないッ!なんで俺がお前の荷物持ちなんかしなくちゃならん!?」

「これはお泊り女子会で、お前が好きな野々原あずさも使うモノだ」

 高見真知子はタクシーを使えと言われると、無駄な金を使うからお前は底辺だったのだと切り返した。
 早川から見たらいつもの不気味で冷たい顔だが、タコ焼き器を持っている彼女はどこか滑稽で、楽しそうに見えた。

「お前、なにを企んでいる!」

 両肩に布団を担ぐ早川は、苦しそうに聞いた。

「なにも・・」

 後ろにいる高見真知子は冷淡だ。

「野々原に近づいて、なにをする・・気だ!」

 坂が来た。山手のこの辺りは坂だらけだ。

「私達は友人だ。そして同じ男を愛したライバルでもある。お互いに腹を探り合い、時に手を結ぶ事もあると言う事さ。女の事はバカなお前にはわからないだろうがな」

 不器用な早川には呉越同舟は理解出来ないが、女とはこんなモノなのだろうか。

「まあいいさ、俺に女を殴らせる様なマネはするなよ!?」

 何を言わんやと、満足げに笑う高見真知子、そこでやっと部屋が近づいて来た。

「ありがとう、見事な奴隷ぶりだったよ。お茶でも淹れようか?」

「要らん!後は勝手にやってくれ」

 高見真知子は無言ながら少し残念そうだった。マンションから後少しの空き地に、布団を投げ降ろして早川は去ろうとした。

「全校男子憧れのシチュエーションだぞ?」

「黙れよッ!」

 早川はそれきり言って立ち去った。
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