もう二度ともう一度
懐かしき新しい日々

「元旦」

 元旦のこの日、早川は朝から近所の山に登っていた。道なき道を、朝日が顔を覗かせる前からだ。

 彼は、やっと辿り着いた山頂でこれからの自分を考えていた。今年は少なからず同じ教室にいる子供達も、自分の目標を持って各々努力する年だ。

「しかし、何もねぇな」

 早川は気付いていた。自分には実はなにも無く、本当は何処を、なにを目指せばいいのかすらこの歳でまだわからないのだ。
 初日の出を見たら、なにか願でも掛けようかと思っていたが、ただ美しい朝日に見惚れただけで、それは終わった。

「はい、早川」

 昼前、やっと帰宅したが母親は親戚の家に出向いていていない。早川はこの歳でお年玉も無いなと、地元に残っていた。
 そんな事で、大方母親だろうと思って電話を取った。


「早川、私だ・・」

 高見真知子だった、何用か訪ねた。一秒でも早く済ませ、切る為だ。



「お前。なんでお前と初詣なんぞ、行かにゃならんのだ?」

 それは、高見真知子の突然の我儘だった。なら何故ノコノコ来たかと言うと、脅されたからだ。
 今や、野々原あずさは彼女の手中とも言えるし、正体がバレたら消滅と言うのはこんな使い方もある。

「私が変な不良に絡まれでもしたら、どうするんだ?」

「いや、お前強いじゃないか!」

 その放任は彼女の気分を損ねるには充分だった。

「お前大層なプレイボーイだったらしいが、エスコートも出来んのか?どう見ても、私は高目の女なのだから光栄に思うのだな?」

 なんでも、高見真知子は生まれて初めて初詣に出掛けるらしい。箱入りなのか、意外な事実だ。
 そして、野々原には絶対に言わないと言っていた。

「いやぁ、別に構わんだろ。まして俺はお前となにかあるワケじゃないからな!」

 早川はこの所、高見真知子の動向を注視している。言わば偵察なのかもしれない。

「しかし、まさかお伊勢参りとはな」

「不服か?」

 遠すぎる。下手をすれば帰れない。しかしまた騙しだったとしても、行くと言ったら行く。早川はそんな男だ。

 今の所無言のしじまと言うコミュニケーションしかない特急の椅子に揺られ数時間、もう三重県は津までやって来た。

「そうだ!気になってるだろうから、お泊り女子会の話をしてやろうか。率直に言えば早川、やはりお前はあの娘から汚らしい手を退け」

 早川は寝ている、そこに弁慶の泣き所目掛け振袖草履の硬いつま先が襲う。

「イデデデ・・」

「皆、可愛い娘達だったよ。狭いお風呂に四人で交互で入ったり、結局二人ずつ抱き合って寝たりな」

 高見真知子は楽しそうに話していた。興味の無さそうな早川に、その時の赤裸々なビデオもあると仄めかした。

「え?」

「馬鹿め!そんな事するワケないだろ、この色情魔め!」

 逆の脛に、また草履のつま先が突き刺さる。高見真知子のタイムストップ数秒殺しは、狭所においてもっとも猛威を奮う。

「タコ焼きも、とても美味しかった。隠し味に生クリームを入れて、紅生姜がな・・」

 等、早川は痛みで頭を抱える中独説が続いていたが、遂に車内のアナウンスは伊勢へ辿り着いた事を知らせた。




「お前、そこ踏むなよ?んで、鐘が付いた紐ガラガラして、パンパンしてから願い事をするんだよ。後は気持ちお賽銭入れときゃいい」

 初詣に来た事が無いらしく、本当に高見真知子はなにも知らなかった。ごった返す所を避けて、少し外れた小さな神社に来たのだった。

「こうか?」

「そうだ」

 高見真知子をコーチするように、早川も動作を見せた。

「なにを願ったのか?」 

「俺は願いなんか無ったからな」

 早川は自分がどうすれば良いか、神に啓示を願っていた。そして、高見真知子がなにを願ったか尋ねた。

「無論、お前みたいなだらしない男があの可憐な野々原あずさから手を退く、いや嫌われて見捨てられる様に、だ!」

 つい、早川は胸ぐらを掴んでしまった。

「この晴着、貸衣装なのだぞ?」

 そう言われて手を離した。貧しさの染み付いた肉体は反応が早い。

「早川、フランクフルトを食べてやろうか。そうすればお前も少しは気分が高揚するのだろう?」  

「いや、あの。気持ち悪い言い方、止めて欲しいんだけど・・」

 そう言っても、早川は2本買わされた。それは見た事もない縁日の出店の数だったが、ポピュラーなコレは何軒もある。

「ジッと見るな。いやらしい!」

 早川は立ち食いしていたし、それも注意された。

「いや、何でこんな所までと思ってな。もう陽も沈んで来たぞ」

 そう言うと、少し困った顔をした。

「私にも、わからん・・」


「見ろよこの辺り、昔修学旅行で来たんだ。まるで神様達が楽しそうに遊んでるみたいだろ?」

 この感覚は、神仏に否定的な教養を持っている高見真知子には言われなければ分からない。
 しかし、提灯が揺れてたくさんの社があり、活気があるこの場所はそんな彼女にも微かに、そんな気分にさせてくれた。

「楽しそう、だな・・」
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