もう二度ともう一度

「九州へ」

隠れ家を工房にして、結構な時間をそこに籠もった。放課後すぐに家に帰りたくなくて、ちょくちょく顔を出す友人の尾崎も呆れていた。
 靴の制作はそれほど大変な作業だったのだ。しかし、これは早川の職能なのか、記憶や写真からかなり正確にそれも短時間で足型を削り出していた。

「誰に渡すんだ?」

 打ち捨てられた試作品から、見るからに女物のサイズだ。

「ん?Eの宮竹さんだ!」

 もちろん、尾崎は冗談だとは分かっているが「野々原」か「高見」なのだろうと思いつつ、硬派を気取る自分から見たらこの早川ならやりかねないと思っていた。

「お前なぁ・・お!ピザ焼けた」

 オーブンの音がした。ストッカーに大量にある食材は、尾崎がいつでも腹を満たせる様にと、早川が用意していた。
 彼はそれを内心ありがたいと思いながら、いつも当たり前の様に食べている。

「お前食えよ、革に油が染み込んでしまう」

 差し出された皿は引っ込み、尾崎の腹に収まる。

「なんか、手伝う事あるか?」

「そうだな・・掃除ぐらいかな?尾崎にやれるったら」

 サッサと食べ終わり、退屈なのか熱心さに打たれたか尾崎も手伝うと言い、そう言われて床をホウキで掃き始めた。

「ありゃ、これ大きな。お前のか?・・まさか俺の?」

 尾崎の足元に、かなり大きな型が置いてあった。
 しかし、早川が指差したのはある男性俳優の写真集だった。それは彼の足の形を見るために購入された物で、その俳優は早川にとって小さな頃からのヒーローらしい。

「なーんだ、お前意外とミーハーだなぁ」

 件の俳優があるドラマの撮影初期に使っていた靴がお気に入りだったが、アクションシーンの連続ですぐに壊れて衣装替えになった。
 そして、足が大きくて中々靴がないらしい事を雑誌で読んだそうだ。
 そんな事を話しながら作業を続ける早川に、尾崎はちょっと残念そうな顔をして机から落ちた切れ端を塵取りに掻き込んだ。



 遅くまで作業した翌日、早川は教室にいた。靴を作り出して、もう二週間になる。やっと自分なりに満足出来る作品が出来て来た。
 そこで春眠暁を覚えず、机を枕にしていた。三年生はもうすぐ修学旅行だと言う頃だ。

「なぁ、早川!早川て!」

 あの関西弁の少女、二谷だった。疲れ果てていた早川は叩き起こされた。

「あんたヨダレ拭きや、汚い!」

 キツくそう言いつつティッシュはくれる、流石に関西の人だ。

「修学旅行の班行動な、あんたとあぶれモン、ウチ等に入れたるさかい分かってるな?」

 まったく分かっていない顔の早川に、くじ引き棒の細工を彼女は耳元でヒソヒソと語った。もちろん、本当は誰でもいいが同じ班になろうと約束した野々原達の為に一肌脱ごうと言うのだ。
 
「ありがたく思えよ〜美少女揃いや。ほなちゃんと向こうでなんか奢ってや!?」

 本当にしっかりしてるな、と思いつつ行き先である九州に思いを馳せる。
 この時代、九州は昭和初期が舞台のドラマなどでロケ地になる事が多く、かつての日本の面影を色濃く遺す。早川はそんな場所をこよ無く愛していた。

「カメラ・・買いに行こ」

 そう言うと、早川は電池が切れた様に再び眠りに落ちた。
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