もう二度ともう一度

「運命の1分49・9秒」

 日曜の昼、市内の中心にある場外馬券売場に早川の姿はあった。
 まだ14になったばかりでも、私服姿だと溶け込んでしまう。それでも学生服なら高校生ぐらいに見えなくもないが、少々大人びた少年であった。
 彼は、ここで今日のメインレースを待っている。

「確か、②ー⑤だ。今でも覚えてる」

 昨日、早川はある先輩に会っていた。記憶では彼に誘われて、ワケも分からず今日ここで馬券を初めて買い、万馬券を取っている。
 早川は悪童だったのか近所の不良仲間の先輩にはその日偶然会って、今日は二人で来た筈だが、早川は彼を待っていて、必然的にその人物に会い、今日は一人でここにいる。

 そしてファンファーレが響き、運命のゲートが開こうとしていた。
 早川は中継を囲む群衆の外縁で、潰れそうなほど眼を瞑っている。それでも音はずっと聴こえている。

[②番マックスマルチ!一着でマックスマルチ!続いて・・]

 たった1分と49・9秒だった。2着も記憶通り⑤番だ。今、全財産を使ってその手に握り締めた②ー⑤の数字ばかりを何枚にも分けて買った馬券がもう軽く500万円を超えていた。
 オッズで言えば160倍程。賭けた金は三万三千だ。こんな場合事務所で換金する事になるが、それを恐れた早川は何枚にも分けていた。

 後は機械を巡って、足を着けずにその場から離れる。最悪半分は来週以降でも構わない。


 早川はすぐに帰りの電車に飛び乗った。

『次も覚えてる、メジロマックーン騎乗は竹だ、次も竹。しかし、あまり目立つ事をすれば・・』

 こちらに来る直前に言われた、あの奇妙な男の言葉が頭を過ぎった。
【アンドリュー・カールシン】と言う男がいた。彼は株式取引で異常な稼ぎをしてしまい、インサイダーを疑われ連邦捜査局(FBI)に拘束されている。
 その際、自らが未来から来た人間と自白したと言うニュースを読んだ事があった。

 彼はそのまま姿をくらませそうだが、自分はそうではなく姿そのものが消えてしまうかも知れないのだ。
 掴んだ大金はいつ何時に諸刃の剣になりかねない。この時、不安だけが早川の胸を支配していた。
< 4 / 43 >

この作品をシェア

pagetop