もう二度ともう一度

「試験」

 桜があまりにも美しく散って緑になって行く。早川の通っていた学校は、桜がたくさん植えられていてこの季節は薄桃色の絨毯が敷かれた様になる。
 もっとも、今日までまったくと言っていい程そんな優雅な時は無かったが。

 まず、大金を渡された母親は腰を抜かしたし、早川を以前から知る生徒はお調子者だった彼が急に落ち着いて、目立たなくなってしまった豹変ぶりに驚いていた。
 自身は勉強トレーニング勉強トレーニングの毎日だった。そして、今日この日を待っていた。中間テストが却って来る日だ。

『クッ、五教科かき集めて280点だと・・』

 彼には学問の素地が無い。典型的な負け組でありながら、重賞ぐらいならレース結果を異様に覚えている記憶力は、あまりそちらに活かされていない様だった。

 なんにせよ彼がこの時代に来たのはちゃんと勉強して、まともな職に有り着くためだ。
 これまで、確かに記憶通り馬券を獲ったがそんな事は違法だし、どこで間違いが起きるか不安だ。出来れば社会に自分をもっと高く売るため、学は必要だと思って努力していた。

『もっと頑張るしかねーな。おふくろの為にも・・』

 母親が亡くなった日を思い出す、その亡骸の腹の上でどれだけ泣いた事だろう。早川は今の所母親に苦労を掛けない事で必死だった。


「早川、おい早川!お前、混合リレーな。いいか?はい、決まり、っと」

 始業からすぐに一時間のホームルームだった。早川は考え事に夢中だったが、春の陸上競技大会のプログラムが詰められていた。
『そうか、リレーか!確か俺はリレーを走ったな・・』

 はい、とだけ答えて早川はまた考え込んでいた。それは、あの時の為に今からやっているトレーニングの成果を試せると思っていた。

『あんな情けない死に方はもうゴメンだからな!』

 自分が死ぬ。あの運命を変える為に早川はずっとトレーニングしていた。
 大会は約一週間後、出来れば記憶にあるその結果をまず変えてやると内心意気込んだ。
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