冷徹御曹司は初心な令嬢を政略結婚に堕とす
『うちの可愛いお嬢様に、なんて酷い。私たち家政婦衆がお嬢様を守らないと』

ここで今、彼女たちに真意を伝えても、聞く耳など持ってもらえぬだろう。
彼女たちは菊永家の祖父母に似ている。だとしたら一生、聞く耳なんて持ってもらえないのだ。

俺の心は憤りと悲嘆、それから羞恥心でいっぱいになる。たまらず、ここから一刻も早く逃げ出したい気分になった。


結局――その日が、櫻衣家を訪れる最後の機会となった。


このまま櫻衣家に通い続けたところで、どうせ余計な誤解や亀裂しか生まないのなら、遠くから一方的に親愛の情を傾けていた方が余程良い。

無益な争いや揉め事を鶴山さんや櫻衣家にもたらす元凶が俺である事実に、少年時代の俺は堪えられなかったのだ。

それ以降、鶴山さんとの交流は細々と続いた。

他愛もないお喋りをするために洋館を訪れるわけでも、櫻衣家主催のパーティーに参加するわけでもない。
季節の折に触れてどちらともなく誘い合い、移ろいゆく時間の流れを味わうように、料亭で静かに食事をする。
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