冷徹御曹司は初心な令嬢を政略結婚に堕とす
頭を上げてください、と俺は慌てて病床につく彼の両肩を抱き起す。

五年前から持ち上がり始めていた〝櫻衣商事買収計画〟に対し恩人の判断を仰ぐため、私的に訪問した病室。
そこで、俺は身を焦がすような激情が荒れ狂うのを抑えながら、『それはできません』と口にした。

『……彼女にも結婚相手を選ぶ自由があります。俺は別に何かしらの明確な契りを結ばずとも、将来的に吸収合併契約を締結すると誓います。幼き日に受けた恩義は、今も決して忘れていません』

『ありがとう。だが、この命はもうひと月と持たないそうだ。命尽きた後、広海が時期を見誤れば菊永以外に買収されるやもしれん。そうなれば我が社は取り潰され、櫻衣家も路頭に迷う』

広海も湊征も自分たち手で再建することを望んでいる。私は彼らが責任を背負いこみすぎて、押しつぶされ、余力も尽き、再起できなくなるのではと心配しているんだ。

そう言って鶴山さんは病床で窓の外を見やりながら静かに、苦笑する。

『その前に、必ず俺が買収してみせます。政略結婚は不要です』
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