冷徹御曹司は初心な令嬢を政略結婚に堕とす
私は、一体どうしてしまったのだろうか。

「おやすみ、澪」

低く優しい声音で囁かれたかと思えば、そっと唇が落とされる。
感覚が研ぎ澄まされていた中、不意にもたらされたキスに、私は寝たふりをしている最中にも関わらず「きゃっ」と声を上げてしまった。

目を開けると、端麗すぎる美貌が至近距離にあってさらに驚く。

「……起きてたのか」

彼は長い睫毛を瞬かせたあと、目を丸くして驚嘆したようにぽつりと呟いた。

「ううっ。はい……」

まさかの出来事に脳内処理が追いつかない。
私は真っ赤になっているだろう顔を毛布で隠しながら、気まずい空気を感じて彼から目を逸らした。

「それは、驚かせたな。すまない。……もしかして、眠れそうにないのか?」

同意を示すためこくりと頷くと、ベッドに座っていた宗鷹さんは上半身を起こして考え込むような仕草をする。

いつの間にか三つ揃えのスーツからルームウェアに着替えているし、シャワーを浴びた後なのだろう。
少し湿り気の残っている艶やかな髪からは、シャンプーの香りがした。
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