ビッチは夜を蹴り飛ばす。
 

 今回の事件を受けて蒸し風呂状態の体育館で緊急全校集会が執り行われた。
 改修工事の影響で二週間となった夏休み、その出だしから集客させられたことで生徒たちは気怠げで所々から「夏休み初日なんだけど」「あーっつ」「てかこれいる?」などと心無い言葉が行き交っている。

 いつまでも静まらない観衆に教頭が静粛に、と喝を入れ、せいしゅくってなに? とクスクス笑い声が聞こえてくる。


《え───、今回の事故(・・)ですが…
 テニス部の特定の生徒が通話をしながらよそ見をした拍子に足を踏み外したことによるものであり、学校側としてもこのような事態が二度と起こらないよう皆さんの夏休みの過ごし方を徹底し》



 気に食わなくて校長のマイクをふんだくった。キンと響くハウリングに構わずマイクに口付ける。


「─────────ナカジ押したの誰」


 うわ轟木 鳴だ クソビッチの登壇でーす、なんて野次と拍手と歓声と、降りろブスとか何言ってんのサイコとか言われるけど知らんもうどうでもいい。


「これは事故なんかじゃない!! ナカジは誰かに押されたんだ! 事件があった日全校生徒のスマホに一律で画像が送信されてた、ツブッターをやってる全員に!! …凍結されたあたしのアカウントに7月24日から不特定多数の人間がリプライでやり取りして、賞金100万を謳った人間がいる、誰、そんなことしたのだれっ…」


 壇上に上がりなんだ君は、とマイクをふんだくられそうになり聞き分けの悪い校長が抵抗するから思いっきりたるんだその顔をぶん殴る。

 教員たちが騒めいて生徒たちが歓声をあげ、いいぞもっとやれとか言ってて訳が分からなくて涙が出る。


「ナカジとやりとりをしたあとあたしに賞金100万って言っただろ!! 男か女かわかんなかったっ、ちゃんと言って!! 謝って!! 謝っても許さないあたしがぶち殺してやる!!」

「おいやめなさい! 落ち着きなさい、!」

「ねえ!! なんで!? あたしがムカつくならあたしに向かって好き勝手にすりゃいーじゃんなんでナカジだったんだよなんでナカジにひどいことしたんだよ!! 人の声聞いて鵜呑みにして叩いたりなんでそんな心無い言葉吐けんだよ自分が言われたら傷つくってわかってるはずなのに顔が見えなきゃ何言ってもいいのかよ好き勝手言っていいのかよ」

「なあもうそろ長くね」

「青少年の叫びウケる動画撮ろ」

「うちの学校バズるって」

「そこで素知らぬ顔して笑ってるお前だよ!!」


 壇上から掴みかかりに行こうとしたら四方八方から押さえつけられて顎を床に強打した。痛くて苦しくて蹲ってる校長も狂人を見るような目つきでいて全部全部全部全部正しくなくて間違ってて曲がってておかしいのに誰も何もわかってない。大人も子どももわかってない。


「正義だって貫き通せば所次第で悪意になんだよなんでわかんねえんだよお前ら!! 出てこいよ、文句あんならかかってこい!!!!」





 言葉一つで人間ひとり変えられるって、変えてしまうってみんなにわかってほしかった。救える。壊せる。たったこれっぽっちの出来心で。それをあたしらがわかんないとまずいんじゃないの。傷つけるために生まれたわけじゃないはずなのに。全部わかんないってみんな聞く耳もってくんないからあらためて言うけどさ。あたし、あたしは、あたしはただ。


 ナカジの笑顔を守りたかっただけだ。



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