ボーダーライン。Neo【下】
反射的にそちらへ目を向ける。
ーー瞬間。
目が合ったと思うが、何ら気まずさは感じられない。
活気に満ちた広場なので、どこを見ても人の姿が映るのだが。
あたしは石段に座る彼を、真っ直ぐに見つめていた。
檜はメディアで見る風貌に近く、伊達眼鏡以外、変装と呼べる物は何ひとつ身に着けていなかった。
「来てくれてありがとう」
彼の目の前までスーツケースを転がすと、あたしが隣りに座れるよう、彼は石段に置いた荷物を地に下ろした。
「……あんな歌出されたら。来るしかないじゃない」
「ハハ。それもそうか」
空けてくれたスペースに腰を下ろすと、「髪、切ったんだ?」と訊ねられた。
「……うん」
およそ一ヶ月ぶりに会う檜がすぐ側に居ると思うと、恥ずかしくて変にくすぐったい。
遠慮なく見つめる茶色の瞳をなかなか見る事が出来ず、あたしは顔を赤らめて俯いていた。
「あたしの事。カイくんから聞いたんだよね?」
「ああ。夜鞄も持たずに裸足で彷徨いてたって……聞いた」
「そっか。なんか……恥ずかしい所見られちゃったな。
恥ずかしいついでにね。婚約破棄までされちゃって……また婚期が遠のいちゃった」
情け無さにおどけて笑うと、檜がいつになく真剣な声で言った。