僕らはその名をまだ知らない
「私の嫌なことは、私が決めるよ」



触れたいと言った、志摩の想い。



私の中で息をする、ささやかな想い。



混ざりあって生まれたひとつの感情が、私の唇を志摩の唇に触れさせる。



背伸びした分だけ志摩に近くなって、教室の床に映る影もひとつになった。



目を閉じていたから志摩の表情は分からないけど、きっとびっくりした顔をしていると思う。



握った手がぴくりと跳ねていたから、たぶん、そう。



ゆっくりと唇を離すと、志摩は俯いて、それから深く息を吐いた。



「志摩?」



「ずるいわ…」



志摩はそう言うと、黒髪の隙間から熱い瞳を覗かせた。



その瞳の色に、心臓がきゅうっと痛くなる。



志摩は右手を私の頤に掛け、親指で唇をなぞる。



ふわり。



鼻の奥に広がる柔軟剤の香り。



口付けられた唇は優しく、啄むように動いて。



「志摩…」



「違う。昔みたいに名前で呼んで」



耳元で低いテノールが囁く。



ここが教室だとか、誰かが見てるかもしれないとか、そんなことがどうでもよくなるくらい体温が上がって、私は志摩にしがみついた。



「結弦…」



まるでそれが合図だったかのように、志摩は私の腰を引き寄せ、深くキスを落とした。
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