心の鍵はここにある
 まさか壁ドンの一瞬で恋に落ちるなんて、思ってもみなかったから。
 でも、そばにいるためには、本心だけは絶対に知られてはならない。

「先輩、廊下での話ですが、本当に惚れてもいいですか?」

 顔を隠したまま、聞いてみた。
 自分から、『俺に惚れてみろ』と言った手前、ダメだとはきっと言わないはず。
 それを見越して聞いてみた。

「ああ、お前は俺の彼女だからな」

 偽物だけど、の言葉が小さく聞こえた。
 この言葉で、私は先ほど芽生えた恋心に亀裂が入った。
 まだ致命傷ではないけれど、次に何か言われたらもうおしまいだ。

「里美、体育館の陰に俺らの様子を見てる奴がいるから芝居するぞ」

 その言葉を聞いて、私は彼女役のスイッチが入った。
 先輩に腕を引かれて立ち上がると、一瞬立ちくらみがして足元がふらついた。
 それを先輩が見落とすはずがなく、私はハグされた。
 体育館の陰から、キャーと女子生徒の叫び声や、男子生徒の冷やかす声が飛び交っていたけれど、先輩はハグの手を緩めると冷やかす人たちの方へ私の体を向け、ギャラリーに対して言い放った。

「この子、俺の彼女だから。俺が惚れてようやく口説き落とした子だから、陰口叩いたり嫌がらせとか絶対するなよ! もしそれが俺や彩奈の耳に入ったら、どうなるか、覚えておけよ」

 この一件で、私は越智先輩の彼女と宣言されたため、翌日には全校のほぼ全員に知れ渡ることとなった。
 しばらくの間は、私の顔を見に来る女子生徒が廊下を埋め尽くし、小声で私のことを何かしら言っていた。
 きっと不釣り合いだとか、そんなことでも言われているのだろう。
 さつきは、あの日の部活終了時に私の元へ一番に駆け寄ってきて、根掘り葉掘り聞き出そうとした。
 なのでこの日は私を家まで送ると言ってくれた先輩の申し出を断り、さつきと一緒に話しながら帰宅した。
 その時にさつきの想い人について聞いてみると、二年の時期部長候補の高松修二(たかまつしゅうじ)先輩だったので、まずは一安心だった。
 さつきに色々と聞かれたけれど、先輩との打ち合わせ通りに説明すると、さつきは瞳を輝かせながら私のことを羨ましがった。

「あの越智先輩の彼女なんてすごいよね。付き合い始めたばかりだから、これからが楽しみだけど、先輩今年は大学受験あるし、大変そうだね」
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