心の鍵はここにある
 実際には付き合っていないのだから、全然気にしていなかった。
 ただ、自分の恋心に気付いたと同時に報われないことを思い知らされ、今はこの想いを封印することに精一杯だ。

「お休みの日はデートするの?」

 さつきにそう聞かれても、返事に困る。
 先輩、受験生だし……と、濁すくらいで答えようがない。
 第一に連絡先すら知らないのだから、どうしようもない。
 先輩はスマホを持っているみたいだけれど、私はまだ持っていない。
 自宅の電話は、父が転勤族で引っ越すたびに固定電話の変更をするのが面倒になったのか、いつしかなくなっていた。
 なので、学校に届ける電話番号は、母のスマホの番号だった。
 そんな私をよそに、さつきは一人で盛り上がって色々と話をしているけれど、全然私の頭の中には入ってこない。
 途中でさつきと別れ、私は一人で自宅へ向かって歩いていると、後ろから肩を叩かれた。

 びっくりして振り返ると、そこには偽物の彼氏、越智先輩がいた。
 私はびっくりして固まってしまった。
 そんな私を見て先輩ははにかんだ笑顔で、私の鞄を自分の自転車のカゴに入れ、並んで歩いた。

「今日は、その……、色々と悪かった。とりあえず、付き合ってるって設定だから、これからは一緒に帰るぞ。家まで送る」

「部活の日は毎日、ですか?」

「ああ、帰宅時間が遅くなるからな。何かあったら心配だし」

 先輩はきっと、帰宅時に何かあったら責任を感じてしまうのだろう。
 それならばと、甘えることにした。

「これ、周りからから見たら『制服デート』だな」

 先輩の何気ない一言に、顔が赤くなる。
 制服デート、実は密かに憧れていた。
 転校ばかりの学生生活だったから、だれかを好きになってもすぐにお別れになってしまうから、そんなことには無縁だと思っていた。

「制服デート、実は憧れてたんです。私、昔から転校ばかりだったから、好きな人もできなくて。やりたいことが一つ叶いました。先輩、ありがとうございます」

 私の言葉に驚いたのか、自転車を押して歩く先輩の足が止まった。
 私、何か変なこと言ったかな。

「先輩……?」

 先輩の視線は、私に向いている。
 私の声に我に返った先輩は呟いた。

「そういえば、初めてだったんだよな」

 そう言うと、再び歩き始めた。
 それからは他愛ない会話をしながら、家まで送ってくれた。
 聞けば先輩の家も、私の家の近くだったらしい。
 もっとも、先輩の家の方が学校に近いらしく、引き返さなければならなかった。
 申し訳ない気持ちになるものの、素直に送られることを選び、先輩の背中を見送りながら心の中で詫びた。
 それからも、朝は別々に通学するも、下校は一緒に帰る日が続いた。
 お休みの日にデートとかはなく、さつきと買い物に行ったり遊んだりと、それなりに高校生活を謳歌していた。

 あの日までは――
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