心の鍵はここにある
「でもさっ、先輩も二学期からは受験モードに入るし、部活だって引退してるんだから、顔を合わせる機会なんて少ないよ?」
さつきは何とか私が松山に留まる様に必死だ。でも……。
「仮に私だけこっちに残って、おじいちゃんの家に引っ越したとしても、偽物の彼女やってる間は、どうしても顔を合わせる機会はあるよ。
彩奈先輩には、今の2年が卒業するまでは、私の身を守る為に付き合ってる振りをしなきゃいけないって言われたし……。
嫌われてるのに、それは辛すぎる」
私の言葉に、さつきも泣きそうだ。私はさつきに抱きつくと、さつきも私に抱きついた。
「……大学、こっちに帰って来る?」
「先輩がいなかったら、こっち、受験する」
「約束だよ?」
「うん、約束」
こうして私は、この地を離れる決意をした。
翌日、父は正式に辞令を受けて、徳島へ新居を探しに出張した。
私も一緒に引っ越す事を伝え、編入出来そうな高校を調べて貰って編入試験の準備に取り掛かった。
学校には、父の異動に伴う引越しの為に転校する事をギリギリで伝えた。
先生方も驚いていたけれど、家庭の事情と言う事で、すんなり受理されて、書類作成等の処理をして貰う事になった。
ただ、転校する事は、引越しの翌日まで黙っていて貰う事をお願いしたら担任の吉本先生に、クラスのみんなにお別れを言わないでいいのかとしつこく言われた。
お別れも言わずに引っ越すのは確かに後ろ髪を引かれるけれど……。
何より、先輩に知られたくなかった。
嫌われているなら、私から黙って消えたい。
ささやかな私の意地だった。
引っ越しが決まったのが急な事だったからと、言い訳をして、何も言わずに転校する事を選んだのに……。
最後に登校する七月三十一日。
今日の午前中に引っ越しの荷物を徳島に運び、私は後から一人で高速バスに乗り徳島へ向かう事になっていた。
月を跨ぐと家賃が余分に発生してしまう為、松山に滞在出来るギリギリでの引っ越しとなった。
事務室で転出に関する書類を受け取り、職員室へ挨拶に行った帰りに、偶然にも越智先輩と会ってしまった。
「……里美? 職員室に何の用事だ?」
数日振りに会う先輩。少し日焼けして精悍さが増している。こうして会えるのも、今日で最後なんだ。
「……ちょっと」
転校の挨拶だなんて言えない。先輩に追求をされる事なく、話題が変わった。
「今日、バレー部練習の日だったよな?里美も出るのか?」
「いえ……。今日は用事があって、お休みします」
私は視線が合わない様に、俯いて応えた。
「そうか、そしたらまた明日、顔出すから」
先輩はそう言って、教室のある教棟へと向かって行った。私は、その後ろ姿を見送る。
さよなら、越智先輩。
大好きでした。
私のこの恋心を、この場に置いて行きたい…。
頬に伝う涙を拭い、私は学校を後にして、高速バスの停留所のあるJR松山駅へと向かった。