心の鍵はここにある
まさかの再会
 藤岡主任と春奈ちゃんに待ち伏せされて、連れて行かれたのは会社から少し離れたところにある、小料理屋『さくら』だった。
 今日は定時上がりだったから、そんな早くからお店は開いていないだろうと思っていたけれど、どうやら女将さんが藤岡主任の知り合いだったらしい。

「座敷、空いてる?」

 小柄で和服の似合うぱっと見四十代前半くらいの女将さんは、にこやかに頷き私たち三人を奥の座敷に通すと、前もって主任が適当に頼んでいたらしい料理を運んで来た。

「うん、予約席にしといた。ごゆっくりどうぞ」

 最後の言葉は私と春奈ちゃんに向かって声をかけられた。
 カウンター席が六つ、座敷部屋一つだけの小ぢんまりとしたお店だから、常連さん以外お断りの雰囲気だけど、逆に人の出入りが少ない分、落ち着いて寛げそうだ。

「藤岡くん、飲み物はどうする?」

 女将さんが藤岡主任に尋ねると、主任は迷うことなく返事をした。

「オレは生で。春奈は酎ハイのレモンだっけ? 五十嵐さんは、何にする?」

「……じゃあ、私も生で」

「はーい。じゃあ生二つと酎ハイレモン一つね。お待ち下さい」

 襖を締め切られて、またまた密室状態だ。
 テーブルを挟み、藤岡主任、私と春奈ちゃんの並びだ。
 私が逃げ出せないようにと、私を奥に座らせる辺り、この人たちは私を帰さないという気が伝わり怖い。

 今日はまだ木曜日なんだけど、果たして私は無事に帰れるのだろうか。
 飲み物が来るまでの間、沈黙が続き、私も目線をどこに向けたらいいのかわからなくて、ずっと俯いていた。
 そんな私を相変わらずじっと見ている藤岡主任の視線を感じ、ますます居心地が悪くなる。
 春奈ちゃんは、そんな私たちの様子を伺っている。

「ねえ、五十嵐さんのそれ、伊達メガネじゃない?」

 唐突にかけられた声に驚いて、ビクッとしてしまった。
 やだこれ心臓に悪い。

「……はい、これは伊達メガネです」

「何でそんな面倒くさいことしてるの? ……あ、ごめん、タバコ吸っていい?」

 藤岡主任の声に、春奈ちゃんは嫌そうな顔を向けつつも、灰皿を差し出した。

「タバコ、すぐには止められないとは思うけど、少しは本数減らしてね」

 可愛い彼女の言葉に、デレ顔を隠さない主任のレアな表情は、仕事中では絶対にお目にかかれない。

「うん、ごめんな。少しずつ減らすから」

 そんな二人のやりとりを見ながら、仲の良さを目の当たりにして、日中の衝撃的なシーンを思い出す。
 私の顔が赤くなっているのを見て、藤岡主任は追い討ちをかけた。
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