心の鍵はここにある
ゆっくりでいいから

 ドーナツ屋を出て会社に戻ったものの、午後からの業務の内容なんて覚えていない。仕事にミスがあったらどうしようと、内心はヒヤヒヤものだ。
 郵便局で支払いをした領収書を、午後から経理に持って行くと、春奈ちゃんがその処理をしてくれた。

「拓馬くんから連絡がありました。里美さん、今朝は大変でしたね、大丈夫でしたか?」

 春奈ちゃんの心配そうな表情に頷いて応えたものの、藤岡主任から聞かされた話でキャパオーバーな私は、何と返事をすればいいかわからなくなる程動揺していた。

「今日の帰り、お時間大丈夫でしたらお茶でも飲みながら話、聞きますよ」

 春奈ちゃんの気持ちが凄く嬉しかった。
 出来る事なら話を聞いてもらいながら気持ちを整理したい。でも、先輩から何時頃連絡があるかわからない。
 なので、明日の業務終了後、時間を作って貰う事にした。
 今日の夜起こる出来事も、もしかしたら相談する事になるのだろうか。
 全ては先輩次第だろう。
 経理から総務に戻り、残りの時間の業務内容なんて記憶にないけれど、何とかミスなく仕事を終わらせる事が出来た様だ。
 藤岡主任も午後から近隣の営業所に足を運び、新しく導入する機材の設置位置の確認後、15時過ぎに戻ったけれど、稟議書を部長に決済を貰う為の補足資料を作成したりと忙しそうにしていた。
 業務終了の時間になり、部署にいる人に声を掛けて退室しようとする私に、主任が声を掛け呼び止められた。

「昼間の話、ゆっくりでいいから、考えておいて」

 私は頷いて退室した。
 更衣室で着替えを済ませ、ふとそこに置いてある全身をチェック出来る姿見用の鏡が目に付き、自身をマジマジと見つめた。
 そこに映る私はーー。
 冴えないアラサー女だ。見た目だってこんなに地味で……。こんな女が先輩の側にいたら、先輩、どうなんだろう。
 先輩は何も言わなくとも、周りが許さないだろう。きっと何であんな女がって思われる……。
 その辺も春奈ちゃんやさつきに相談してみようかな。
 廊下から聞こえる足音に我に返った私は、ロッカーの扉を閉めて、鏡の前から離れ帰宅の途に着いた。

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