心の鍵はここにある
「えっと……、父が転勤族でして、今両親が住んでるのは高松なんです。松山も、一時期住んでました」

「へえ、お父さん、転勤族だったんだ。ほかにはどこに住んでたの?」

 主任の言葉に、春奈ちゃんも私に視線を向ける。

「本社が高松にある会社なので、基本的に四国内の異動でした。今は本社勤務なので高松が実家になりますが、両親が愛媛出身なので、定年を迎えたらいずれ愛媛に帰るんじゃないかと思います」

 私の言葉に、春奈ちゃんが食いついた。

「なら小さい頃は転校が多かったんですか? 私は地元がここだし、転校したことがないから、転校生って興味あります」

 揚げ出し豆腐を食べながら、話は続く。

「そうだね、大体が三年周期だったかな。しかも異動が二月と八月でね。八月の異動の時は、お友達にさよならも言えずに転校したりして、淋しかったよ」

 そう、あの時もそうだった。
 でも、あの人は私のことなんて何とも思っていないとわかっていたから……

「里美さん、大学はどこだったんですか?」

 酎ハイを飲み干した春奈ちゃんは、お代わりを主任に頼んでいる。
 私はまだグラスの中のビールが残っているので、お代わりは遠慮した。

「松山。祖父母の家から通わせてもらってた」

 あの人が地元を離れたことを幼馴染から聞いていた私は、迷わず松山の大学を志願し、無事に合格した。
 グラスに半分残っているビールの気泡を眺めながら、過去に想いを馳せている と、主任のスマホが鳴った。

「もうすぐ来るって」

 スマホの通知画面をチェックした主任は、返信するために画面を開いている。
 ついでにメールチェックもしているようで、しばらくスマホを触っていた。

「グラス、もう空きますか? お代わりどうします?」

 春奈ちゃんはよく気がつく。藤岡主任にはもったいない彼女だ。

「んー、そうだね……。お酒はもういいや。烏龍茶もらおうかな」

 お酒に弱い私は、顔が赤くなっているだろう。
 顔が、身体が、何となく熱を帯びている。
 春奈ちゃんはそんな私を見て、無理にアルコールを勧めることなく烏龍茶を頼んでくれた。
 そして、食べ終えて空いた器をまとめて出入口付近に寄せてくれる。
< 9 / 121 >

この作品をシェア

pagetop