モブ転生のはずが、もふもふチートが開花して 溺愛されて困っています
「……エミリー様」

 かといって、はっきりと耳に届いている声を無視して機嫌を損ねるのも面倒だ。一応、私はエミリーの機嫌をとることもこの停学期間にやるようにと両親に言われていた。その特別課題だけは無視し続けていたが、向こうからわざわざやってきたので、相手をしないわけにもいかない。

「エミリー様が寮に足を運ばれるなんて、いったいどうなされたのですか? 初めてのことじゃないですか」
「そうね。今まではこんなところに、特に用事もなかったから」
「……今日はなにか?」

 〝こんなところ〟などいちいち言う必要ないのに。怒りを抑えながら、必死に作り笑いを続ける。

「フィーナが参加できないって聞いて。いつもフィーナとパーティーに行っていたから、寂しくなって顔だけでも見にきたのよ」
「そうですか」

 今まで一度も私に会いに寮にきたことなどないくせに、よく言うものだ。

「どうかしらこのドレス。今日のために新調したの。素敵でしょう?」

 結局、パーティーに行けない私に自分のドレス姿を見せつけにきただけか。そのためにここまでくるなんて、どこまでも私のことが気にくわないみたいだ。
 淡いピンクと白を基調としたドレスは、まるでエミリーの腹黒さをカバーするように、見た目だけは清純に見せている。天使の仮面をかぶった悪魔とはこのことか。

「フィーナがいたらもっと素敵に見えたのに……残念だわ」

 エミリーはカツカツとヒールを鳴らしながら私に歩み寄ると、私の耳元に口を寄せそう言った。
 私は前期に開かれた学園主催のパーティーに二度ほど参加したことがある。そのたびに、エミリーの指示で、エミリーが選んだ地味なドレスを着させられていた。
 私はいつも、エミリーの引き立て役にされていたのだ。

「私以外にドレスを引き立てる役が見つからなかったなんて、エミリー様の人望も大したことないのですね」
「……なんですって?」
「こんなところで油を売っている暇があったら、引き立て役を会場で捜したほうが有意義ではないのですか?」

 私が羨んだり、怒ったりする姿を見せたらエミリーの思うツボだ。私はもう、エミリーの思い通りにはならないって決めたんだ。
 笑顔のまま言う私を見て、エミリーは怒りで顔を歪めている。そんな怖い顔をしていたら、せっかくのドレス姿も台無しだわ。

「……ふっ。ふふ。そうやって強がっていられるのも今のうちよ。フィーナ」

 怒ったかと思えば、今度は笑いだすエミリー。安っぽい捨て台詞を吐いて、エミリーは踵を返した。
 ――機嫌をとるどころか、損ねてしまっただろうけどどうでもいい。エミリーと話すだけで、どっと疲れた。
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