最後の一夜のはずが、愛の証を身ごもりました~トツキトオカの切愛夫婦事情~
麻那もそう思っているのだろう。チキンソテーにナイフを入れながら、にんまりして話し続ける。


「私は本当によかったと思うよ。愛する旦那様に処女も捧げられたんだし、これをきっかけにやっと恋愛が始まりそうだしね~」
「いや、それは……」


離婚届にサインしてしまったのだからないって……と返そうとしたとき、私たちのテーブルの横からパシャッと水音がした。

麻那と同時に見上げると、通り過ぎようとしたらしい男性社員がこちらを凝視して固まっている。

清潔感のあるショートヘアがよく似合う、爽やかイケメンと言われている同期の高海(たかみ)だ。

トレーの上でコップが倒れて水浸しになっているのに、なぜか呆然としているので、私のほうが焦ってしまう。


「ちょっ、高海! 水こぼれてる、水!」
「一絵……なんだよ、今の話」


反射的に腰を浮かせた私に、彼はきりりとした眉を寄せて言った。

ヤバい、聞かれてた? 私たちは高海とも仲がよくて三人でいることも多く、私が愛のない結婚生活を続けていることを彼も知っているけど、さすがに夫婦の床事情を聞かれるのは気まずい。
< 26 / 274 >

この作品をシェア

pagetop