約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

「愛梨。早く俺の事好きになって」

 帰りの電車の中で、隣に座っていた愛梨の耳元に、ちょっとした悪戯のつもりでそんな言葉を囁いた。

 驚いて身体を離した愛梨の顔は徐々に赤く染まり、自分で仕掛けた悪戯に自分で後悔した。そんな顔をされたら、自ら口にした『自分の意見を押し付けて、無理な要求なんかしない』を早々に打ち壊しそうになる。

「なら、ないよ…」

 理性と煩悩が小競り合いをしていると、愛梨の消え入りそうな否定が聞こえた。

「なるよ。愛梨は絶対に、俺を好きになる」

 止めておけばいいのに、更に愛梨を困惑させる言葉を呟く。案の定、耳まで真っ赤にして顔を背けた愛梨のうなじを見つめると、駅で別れずそのまま家に押し掛けるか、自分の家に引き込んでどうにかしてしまいたい欲望が膨らむ。

 余計な悪戯などしなければよかったと一瞬の後悔はしたが、宣言しておくことは大事だ。

 言葉には魂が宿る。言霊ともいう日本にしかない不思議な概念は、暗示のようで、まじないのようで、呪いのようだ。だから愛梨を多少困らせても、自分が多少困っても、ちゃんと言葉にしておく。

 いつかその言葉に魂が宿り、確かな現実へと導いてくれる事を、知っているから。
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