約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

離れたくない人、離れてくれない人


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「愛梨ー?」

 弘翔が顔を覗き込んできたのではっと我に返る。視線を上げて弘翔を見ると、不思議そうに首を傾げられていた。

「どうした? 元気ないじゃん。映画つまらなかった?」

 レンタルショップから借りてきた映画が終わってもしばらく放心状態だったので、心配させてしまったらしい。別の世界にトリップしていた愛梨は、上の空だった事を誤魔化すために映画の内容を必死に思い出して頬を膨らませた。

「つまらなかったんじゃなくて! 弘翔、怖くないって言ったのにゾンビ出てきたよね!?」
「一瞬だったじゃん。作りものだってば」
「本物だったら嫌だよ!?」
「あはは。愛梨、ビビりすぎだから」

 機嫌を取るように髪を撫でられたので、ついむくれる真似を続けてしまう。プウと頬に空気を溜めてツンとそっぽを向くと、弘翔が更に謝ってきた。そうやってどうにか誤魔化せたことにひっそり安堵する自分が、ずるくて卑怯だと言う事には気付いている。

 弘翔。ごめん。

(私、今日……、浮気しちゃった……)

 仕事だったとは言え、密室で男性と2人になってしまい、キスをされてしまった。

(最低だ)

 これが浮気という行為になるのかどうか、正確にはわからない。けれど恋人がいるのに他の男性とキスをしたのだから、良い事ではないのはわかる。

 逆の立場だったら。もし弘翔が他の女性社員と資料室で2人きりになって、キスしてしまったら。不意打ちで、無理矢理で、予測出来なくて、回避出来なかったら。

 弘翔は男性なので女性に無理矢理という表現は当てはまらない気がする。けれど、その状況でキスされてしまったとわかったら、愛梨は弘翔を責めないと思う。そして弘翔もきっと、今日の愛梨を責めないと思う。

 けれど愛梨には汚点がある。雪哉と出掛ける前に弘翔と交わした『2人きりにならない』という約束を破ってしまった。その結果、こういう状況になっているのだから、やっぱり愛梨が悪い。

(約束、破ってばかりだ)

 弘翔には誠実でいたいと思っていた。けれど誠実に話せば優しい弘翔を傷付けてしまう気がして、嫌われてしまう気がして、決意はあっさり崩れてしまう。
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