約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

 首筋に触れられると、ゾクと奇妙な感覚が背中を走る。きっと他人にはあまり触れられることがない箇所だから。
 そのまま耳に触れようとする弘翔の手を振り払い、頬を膨らませる。

「ここ会社ですよ~! 止めて下さーい」
「わかってるわかってる」

 じゃれあっていると、2人が乗った3つ下の階でエレベーターが停止した。扉が開くと同時に弘翔は澄ました顔に戻って、愛梨をからかうのをピタリと停止した。
 自分から仕掛けてきたくせに、と頬を膨らませたが、仕方がないので愛梨もすごすごと不満を引っ込める。

「お疲れ様です」

 止まった階で、2人の男性がエレベーターに乗り込んできた。
 1人は影になって見えなかったが、もう1人が自社の専務であることが分かったので、愛梨と弘翔は同時に挨拶の言葉を発して会釈をした。だが専務は『あぁ』と呟いただけで『お疲れ』とも『ご苦労』とも言わない。

「1階でよろしいでしょうか?」
「あぁ」

 弘翔が訊ねるが、やはり専務は『あぁ』しか言わない。

 愛梨や弘翔が勤める株式会社SUI-LENの専務取締役は元々あまり印象が良くなく、社員からの評判もすこぶる悪い。特にこういう尊大な態度は社員の神経を逆撫ですることを、ちゃんと知った方がいいと思う。

 スペースを空けるためにエレベーターの端に寄った所為で、縦並びになってしまった弘翔の背中をじっと見つめる。
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