約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

 愛梨は確実に雪哉の事を気にし始めている。だから諦めさせようと思って、わざとに、けれど無意識に、目の前で弘翔にくっついたりするのだろう。それが雪哉の嫉妬心を猛烈に煽っていることなど一切気付かずに。

「なんでもない。もう行こ、弘翔」
「あ、うん……。 ………河上さん?」
「! …はい。何でしょうか?」

 不思議そうに名前を呼ばれ、はっとして顔を上げる。俯く愛梨をじっと見つめてしまっていたらしく、目が合った弘翔は困惑したように眉を動かしていた。

「……。いえ…」

 一応笑顔は作ってみたが、少し遅かったらしい。弘翔の瞳の奥に深刻な警戒色が走り抜けていくのが分かった。だが彼は結局何も言わずに、小さく首を振って踵を返した。

 愛梨と弘翔がエレベーターの中に乗り込み扉が閉まると、他の利用者がいないエレベーターはその場で上階行きから下階行きに切り替わり、ゆっくりと1階へ下がっていった。

(今のは……完全に気付かれたな)

 折角油断させていたのに、怒りの感情が表に出てしまっていたようだ。醜い嫉妬心を仕舞い込もうと必死になっていた雪哉に気付き、弘翔は驚いたような表情をしていた。

 愛梨ですら言わなければ気付かなかった雪哉の感情を、彼はすぐに理解したようだ。今後は恋人からのガードが厳しくなると予想し、また溜息が出てしまう。

 まだ愛梨と弘翔が仲良く並ぶ姿を、こうして指を咥えて見ていなければならない。今すぐ2人の後を追いかけて、無理にでも引き剥がして、自分の腕の中に愛梨を抱きすくめて、唇も身体も無理矢理にでも奪ってやりたい衝動と、戦わなければいけない。

「愛梨……」

 あの約束を無効に、なんて質の悪い冗談を思いついている場合じゃない。

 もっとちゃんと意識して。
 早く自分の気持ちに気付いて。

 愛梨が振り向いてくれるための罠なら、いくらでも用意するから。
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