約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

「でもまさか、付き合って1か月後に会社に来るなんて思わないだろ」
「確かに、思わない……」

 そう言われて、エレベーターの中で会った通訳が愛梨の幼馴染みだと告げた時の『嘘でしょ』を思い出した。愛梨は弘翔以上に『嘘でしょ』と思ったが、その心情を聞けば、弘翔も愛梨と同じぐらいの気持ちだったかもしれない。

「でも正直、河上さんはずっと前に愛梨の事を忘れてて、今はもう好きでも何でもないと思ってた」

 最初にエレベーターの中で会った時に、追いかけてこなかった。愛梨の事を名字で呼んでいた。愛梨だけじゃなく自分にまで連絡先を教えてやましい事はないと示した。それが全て、愛梨の事を何とも思っていない証拠のように思えた。

「愛梨に対してすごくあっさりしてたから、2人で会う事も許した。何なら、河上さんにもう気持ちがないことを突き付けられて、愛梨が完全に諦めるきっかけになるんじゃないかとか、本当に卑怯な事も考えてた」
「弘翔……」
「けど好きじゃないどころか、この前見た河上さんの目は『愛梨は俺のものだ』って言ってた。『早く返せ』『奪ったのはそっちだ』って言われてる気がした」

 想像するに容易い。雪哉は人の良い笑顔を貼り付けて完璧に仕事をこなしているようだが、時折、野性的な視線を向けられる事がある。その瞳は氷河のように冷たいのに灼熱のように熱く、口よりも余程自分の感情を表現しているように見える。隠している内心が、滲み出るように。

「あの人、見た目優しそうなイケメンだけど、ちょっと腹黒いよな?」
「あ、弘翔もそう思うんだ……」

 いつものような冗談交じりの笑顔を向けられて思わず笑いが零れそうになる。けれどそんな優しい時間も束の間、弘翔の口からは愛梨が1番聞きたくなかった言葉が紡がれてしまう。

「愛梨。一回、元の関係に戻ろう」

 その言葉に、呼吸が、時間が、ピタリと止まる。表情がそのまま固まってしまう。

 ドラマなんかでよく聞く台詞。それを自分が言われると、こんなにも悲しいなんて。まるで命綱をしていない状態で空中に放り出されてしまったように、急激な不安に襲われてしまう。怖くて辛くて、また涙が出そうになるほど不安な気持ちを知ってしまう。
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