約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

(だめだ。なんかもう混乱してきた……)

 未だ愛梨からの答えを欲して顔を眺めてくる雪哉の表情を見て、大好きな筈の天ぷらを口にする食欲も一気になくなってしまった。午前中の仕事から既に疲れていたのに、雪哉にまで疲労を重ねられてしまうとは。

「申し訳ありません。私、これで失礼しま……!?」

 溜息交じりにイスを引いて動き出す直前、雪哉に手腕を掴まれた。おかげで立ち上がることも出来ず、わずかに浮いたお尻がそのままイスの上に戻される。

「愛梨、ちゃんと食べないと。残すとまたお母さんに怒られるよ?」

 驚いて雪哉の顔を見ると、同じ笑顔のまま愛梨の行動を窘めてくる。

(いつの話してるのー!?)

 愛梨の家族の人物像を把握しているような口調で呟いた雪哉に、目の前いた女性が驚いたように『えっ』と声を上げた。そのまま恐る恐る確認を取るように、愛梨と雪哉の顔を見比べてくる。

「河上さん、上田さんのお母様と、お会いされてるんですか……?」
「ええ。先日、ご実家に挨拶に伺ったので」

(ユキーー!!!)

 即答した雪哉に、いつかと同じように絶叫しそうになる。

 それは、間違ってないけど、大幅に間違えてる。他人の理解を間違える方向に誘導している、腹黒くて悪質な言い方だ。

 けれど愛梨に『だよね?』と甘くとろけるような笑顔で微笑む雪哉は、愛梨の心情とも、女性たちの呆気に取られた顔とも1ミリも一致していない。だからわざと言っているのだと、嫌でも気付いてしまう。

(今すぐ会社の上に隕石落ちてきてくれないかなあぁあぁ)

 愛梨がそんな物騒なことを考えてしまうのも仕方がないと、誰かにこの心情を理解して欲しい。
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