約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

 雪哉に言われて、思い出す。
 そう言えば愛梨が髪を切った時も、ゲームで負かした時も、後ろから大声を出した時も、いつも雪哉はビックリして目を丸くして、その後は悔しそうな顔をしていた。でもそれは、幼い頃の話だ。

「十分やり返されてるよ。ここ最近、勝てた試しがないもん」

 今の自分は、あの幼い頃の可愛らしい少年と同じ顔をしているのだろう。驚きと、勝てない悔しさ。けれど幼い子供の表情ならまだ可愛げがあるが、もうすぐ28歳になる大人の女性がするには、ちょっと間抜けっぽい表情だと思うのに。

「結構悩んだけど、ちゃんと愛梨に似合ってよかった」
「え、えっと……」
「返事は……そうだな。愛梨から、キスして欲しいな」
「……ユキ」

 また無茶な要求をする。
 確かに展望テラスに人はまばらで、誰もこちらの様子など気にも留めていないけれど。他人の目がある場所でキスなんて、出来るはずがないのに。

 自分の頬が火照っている事に気付いて、じっと雪哉の目を見つめる。出来ないよ? 無理だよ? と祈りを込め続けると、雪哉がふっと笑顔になった。握られていた手をゆっくりと引かれて更に距離が縮まると、降りてきた唇が耳元にあきらめの台詞を囁く。

「うん。結局、俺が負けるってわかってた」

 愛梨の不安を察したのか、他人の目から愛梨を隠すように少しだけ立ち位置を変えると、ゆっくりと唇を重ねられる。

「ん」

 小さく漏れた声は、すぐに夜空の中に消えていった。音の行方を確認する前に、雪哉にぎゅっと抱きしめられてしまう。お互いにコートを着ていて隔てるものが多いはずなのに、心臓の音がはっきり聞こえて、体温さえも直に感じる気がした。

 まるで2人の境界線が溶けてしまったみたいに。

「私も、ユキとずっと一緒にいる」

 不思議な感覚を味わいながら、ようやく『プロポーズ』の返事をする。答えは15年前から決まっていたが、恥ずかしくて言えなかった言葉を口にすると、雪哉が嬉しそうにはにかんだ。

「ユキだけを愛するって、誓うから」

 次のキスが降りてくる前にどうにか伝えるけれど、きっと言葉は必要なかったのだと思う。

 小さな頃からずっと一緒で幼馴染みだった2人は、また動きと視線だけで意思の疎通がとれるような『特別な関係』に戻れたのだから。
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