約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

「うおぉ!? っと、すいません!」
「あ、いえ…こちらこそ申し訳ありません」

 時計を見ながら歩き出した所為で、エレベーターを降りてきた誰かにぶつかりそうになったらしい。相手が声を上げたので、こちらも慌てて足を止める。

 詫びながら顔を上げて驚く。雪哉とほぼ同じ身長の、スーツ姿の爽やかな男性は。

(! …愛梨の恋人)

 目の前で驚いた顔をしている男性の素性には、すぐに気が付いた。だがそれは相手も同じだったようで、謝罪の言葉を口にしたはずの男性は、雪哉と目が合うと同時に視線が冷たく鋭いものに変化した。

 勘違いではない。考えなくても手に取るようにわかる。彼の視線が雪哉に示したのは、明確な敵意の色だ。

 だから気付く。

(……愛梨……もう彼氏に話したのか…)
 
 愛梨と雪哉の間柄が、既に伝達されていること。そして愛梨と恋人の間に、確かな信頼関係があること。

 目線を外して儀礼的に会釈し、雪哉の隣を無言ですり抜けていく男性の背中を見送ると、更に疲労が蓄積する気がした。

「…俺には話す機会もくれなかったのに」

 愛梨と恋人の間に、自分が入り込める余地が残されていない事を改めて思い知る。だがそれで諦めて身を引けるほど、雪哉は単純でも素直でもない。

 愛梨じゃないと、何もかもが上手くいかない。愛梨だけが欲しい。けれど愛梨の彼氏は、別に他の人でもいい筈だ。誰でもいいなら、愛梨以外の人にしてくれないかな。

(奪うわけじゃない)

 浩一郎に、惚れた女に別の男がいたら奪い取ると言われ、納得した。けれど本当はそうじゃない。

 奪うわけではない。
 ただ、返してもらうだけだから。
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