約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

 それが事実であれば、悪趣味とまでは言わないが弘翔が不快感を表す気持ちも分かる。確かに相手に好印象を与える行為ではないから。

 視線を上げると、2人が纏う空気がヒリついている。見上げた弘翔の顔は小さく歪み、不快感を隠そうともしていない。対する雪哉はにこやかだった。

「所属部署まで赴いてもよかったのですが、お仕事の邪魔をするのは忍びなかったので、ここで待たせてもらいました。ご不愉快に思われたなら、申し訳ありません」

 待ち伏せた経緯を添えて詫びられると、弘翔が少しだけ怯んだ気配がした。見えない得点盤が2人の会話の優劣を表示しているような気がして、愛梨は弘翔の背中に隠れたまま1人でおろおろと視線を彷徨わせた。

「改めまして、河上 雪哉と申します。ご存じかもしれませんが、上田さんとは幼馴染なんです」

 雪哉が笑顔のままで名乗る。
 今までの人生で雪哉に名字で呼ばれた経験はなく、肺の中を直接撫でられたような奇妙な呼吸苦を感じたが、今はそんな事を気にしてる状況ではない。弘翔の身体がピクリと反応する。

「先日、上田さんとカフェで偶然お会いした時に立ち話をしたんですが…」

 何も言わない弘翔を前に、雪哉が言葉を続ける。『え、その話、弘翔にするの!?』と焦ったが、もう遅い。

 個人的に会わないで欲しいと言われ、愛梨もその言葉に同意した手前、雪哉から暴露されてしまうと心臓に冷や水が流れ込むような心地がした。けれど雪哉は説明の中に『偶然』『立ち話』というワードを混ぜてくれていた。弘翔がちゃんとそこを掬い上げてくれればいいけれど。
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