約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

 聞こえた名前にびくっと身体が跳ねたが、気付いたのは玲子だけで、2人の背後をじっと見つめていた友理香は愛梨の様子に気付かなかった。嫌な予感を感じたが逃げも隠れも出来ずにいると、呼ばれた雪哉が愛梨たちのいるテーブルへ近付いてきた。

「こんにちは。…えっと?」

 一応知らないフリをしたのか、それとも玲子とは初対面なので完全なフリではなかったのか、傍にやって来た雪哉が首を傾げる仕草をした。それに気付いた友理香が、雪哉に玲子と愛梨を紹介する。

「マーケティング部、販売促進課の池田玲子さんと、市場調査課の上田愛梨さん」
「はじめまして。通訳の河上雪哉です」

 はじめまして、は玲子に向けた言葉だとわかる。玲子も雪哉に向かって円滑な動作で頭を下げた。

 愛梨も頭を下げた方がいいのかと思ったが、『それもわざとらしいかな』と考えているうちにあっさり機会を逃してしまう。

「雪哉もここに座りなよ」

 そう言って空席だった隣のイスを引いた友理香を止めるワードなど、愛梨は持ち合わせていない。雪哉は気まずい心地など何処吹く風の軽やかな動作で、友理香の横、愛梨の正面に腰を落ち着けた。



 およそ1週間前。

 愛梨の実家に行った際に雪哉から大胆な告白を受けたが、今のところ雪哉が愛梨に対して何か行動をする様子はなかった。『俺の方が好きって言わせる』と言い切った割には特に音沙汰がないことに、完全に油断していたところだった。

「雪哉は定食?」
「そう。A定食って書いてたけど、量多いな」
「A定食は男性向けの味が濃くて量が多いものが多いんです。B定食の方が栄養管理もされててバランスいいのでおすすめですよ」
「そうなんですね。じゃあ今度からB定食にします」

 黙ってしまった愛梨を余所に、他3人の会話はそれなりに弾んでいる。
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