獅子に戯れる兎のように
「……どうも」

 不意に名刺を渡され、私は戸惑いを隠せない。

「私、今日は名刺を持ち合わせていないので……。花柳と同じ花菜菱デパートに勤務している雨宮柚葉と申します」

「雨宮さんは独身?恋人はいるの?」

 単刀直入な言い方に、思わず言葉が詰まる。

「失礼、職業柄つい色々と質問をしてしまう。無粋だよね、すみません」

「いえ、私も独身です。恋人なんていません」

「良かった」

「……えっ?」

 良かったと言われ、意味がわからず数回瞬きをした。

「実は恋人募集中なんだ。恋人というより、結婚相手かな。今流行りの婚活中でね」

「……そうですか」

「雨宮さんは婚活してないの?」

 私は虹原と別れたばかりだよ。新しい恋なんて必要ない。

「私は……今仕事が楽しいから」

 本当は嘘だ。
 仕事なんて別に楽しくもない。

「南原はパーティー好きでね。結婚適齢期の男女を集めてはパーティーを開く。今回の名目は南原のバースデーパーティーだけど、本当は婚活パーティー。
 婚活パーティーだというと、女性が構えてしまうから、敢えて名目は変えてるけど、あからさまにわかるだろう。君は女性の人数集めに利用されてしまったみたいだね」

 木崎は私を見て、優しい笑みを浮かべた。

「はい。主旨を知らされず参加しました」

「正直な人だな。私は偽善者よりも不器用な正直者が好きだ。初対面ではありますが私と付き合っていただけませんか?」

「私が……木崎さんと?」

 突然の申し出に……
 周囲の景色が霞んで見えた。
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