小説世界に転生したのに、八年たってから気づきました
 前世の記憶を取り戻してから八年。なんとかこの世界で無事に生きてきた。すでにふたつの人生を歩んだことで、私は満足している。ちょっと気が早いけど、後は余生としてのんびり暮らしてもいい。

「女性がひとり旅なんて危ないよ」

「平気よ。鍛えているもん」

「くだらないこと言っていないで行くぞ」

 レオがムッとした表情で腕を差し出してくる。慌てて飲み込み、腕を握ると、クロードがナプキンで口元を拭いてくれた。

「はい。口紅は塗り直してもらった方がいいね。……悪いが、リンネの侍女を呼んできてくれる?」

 クロードの指示に、その場にいたメイドが動き出す。
 さすが、クロードはいろいろと気遣い屋さんだよね。と私が感心して見ていると、そのクロードはなぜだかレオに視線を向けると、にこにこと笑って見せた。対するレオは途端にムッとしたように口をへの字にする。

 やがて侍女がやってきて、化粧直しをしようと私の前に立つ。レオから手を離そうとしたら、なぜだか反対側の手で掴まれる。

「離してよ、レオ」

「組んだままでもいいだろう。どうせ直すのはおまえの侍女だ」

 レオが、女性が近づくと気持ち悪くなるから離れようとしたのに、頓珍漢な回答をされる。
 口紅を塗り直してもらいながら横を見ると、案の定、口もとを押さえているではないか。もう、馬鹿なんじゃないの。

「お披露目会の間、我慢できるの、そんなんで」

「おまえが側にいれば女は寄ってこないだろ」

「そうかなぁ」

 お祝いの席なんだから、全く来ないというのは無理だと思うけれど。
 これ以上、レオの体調が悪化しないために、お披露目式でも女性陣が近づかないように精いっぱい悪女を演じてやらねばならないらしい。

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