月に魔法をかけられて
「あの、すみません。ルナ・ボーテのレセプションパーティーに出席される方ですか?」

気品のある柔和な顔をした老人がゆっくりと私を見る。
ダークグレーの柔らかくて暖かそうなチェック柄のスーツを身に纏い、ほとんど白髪になった髪は綺麗に整えられ、右手には光沢のある高級そうなオシャレな杖を持っている。

「ああ、いや……。出席しようと思っていたんだが、出席の葉書を出していないことに気づいてしまってな……」

老人は気まずそうに微笑むと、汗をかいたのか、ポケットからきっちりとアイロン掛けされたハンカチを出し、おもむろに首元を拭き始めた。

「もしお名刺をいただけるようでしたら、私が受付をさせていただきますが……」

「いやいや、少し疲れてしまってな。足の調子も良くないし、ここで少し休ませてもらったあと今日は帰ることにするよ」

老人は暑いのかそう言いながらまた汗を拭いている。

「さようでございますか。では少しお待ちいただけますか」

私はそう言ってその場から立ち去ると、ホテルのスタッフにウーロン茶をもらい、老人が座っているソファーに持って行った。

「こちらをどうぞ。空調が効いているので暑くて汗をかいちゃいますよね」

「そ、そうじゃな。年をとると体温調節が難しくなるからな。お嬢さんはまだ若いからそういうのはわからないだろうね」

老人は「はっはっはっ」と豪快に笑うと、美味しそうにウーロン茶を半分ほど飲んだ。

「冷たくて美味しい。お嬢さん、気を遣ってもらって悪いね」

「お気になさらないでください」

老人の柔らかい雰囲気に私までつられて笑顔になる。

「すみません。失礼ですがお名前だけお伺いしてもよろしいですか?」

私が老人に笑顔を向けて名前を尋ねると、老人は一瞬ビクッと眉を動かした。

「わ、私の名前かね……。私は……ああ、よしかわ、吉川という者じゃ。先代の社長とは旧知の仲でな。現社長の藤沢社長や、副社長になった彼の息子のことは昔からよく知っているのだよ」

老人は少しまごつきながらも早口で答えた。
< 116 / 347 >

この作品をシェア

pagetop