月に魔法をかけられて
小さく息を吐きながら気持ちを落ち着かせていると。

「なあ、腹減らない?」

スマホを見ていた副社長が、まるで聡さんにでも話しかけるような口調で、私に視線を向けた。

「えっ? あっ……、そうですね……」

「俺、酒しか飲んでないもんな」

「そう……ですか……」

「パーティーで飯食った? っていうか、あそこじゃ食えねえよな」

「そう……ですね……」

「じゃあ、食ってくか?」

「そう……、えっ?」

びっくりして目を丸くしながら副社長を見ると、副社長は私の顔を見てフフッと笑いながら、スマホの画面をタップしてどこかに電話をかけ始めた。


「はい。今から2名で……。あと20分くらいです。はい……。はい……。急にすみません。ではよろしく」

副社長はどこかのお店の人だと思われる電話の相手に予約を入れると、「タクシーが来たから乗るぞ」と言ってドアマンが誘導してくれたタクシーに先に私を乗せ、その後から自分も乗りこんだ。

そしてそのまま運転手に「南青山まで。場所は……、骨董通りの方に行ってもらえますか?」と告げると、

「この時間だと開いてる店も限定されるからイタリアンにしたけど、いいよな?」

と腕時計を確認しながら、了解をとるような表情を私に向けた。

えっ? 南青山? イタリアン?
こっ、これから副社長とごはんってこと……?

思いもよらない事態に、何も言葉が出てこない。

うそでしょ……。
2人……ってことだよね……?

あんな話を聞いたっていうのに、どういう顔をして話をしたらいいの……?
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