月に魔法をかけられて
近づいていく距離
タクシーが南青山に到着し車から降りると、目の前にオシャレなヨーロッパ調の重厚な扉が現れた。

ここがレストランだと知らなければ、高級ブティックと間違えて確実に通り過ぎてしまうような外観だ。

副社長がその重厚な扉を開け、中に入っていく。

すると

「藤沢様、お久しぶりです。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

と、男性スタッフがにこやかに出迎えてくれた。

案内されるままオープンキッチンとカウンター席を通り進んで行くと、奥に広々としたテーブル席が広がっていた。

少し灯りを落とした、ムードのあるオシャレな雰囲気の店内。

お客のほとんどが男女のカップルか、女性の2人組だ。みんな楽しそうに話をしながらお酒を飲んでいる。

私たちは一番奥のテーブルに案内された。

副社長が先に座り、私も続いて座ろうとした時、

「もしよろしければ、上着をお預かりいたしましょうか?」

男性スタッフが私にニコリと微笑んだ。

「あっ、そうでした。すみません。お願いします……」

その場に立ったまま、両肩から滑らすように後ろに上着を落とし、片手を背中に回して反対側の袖口を後ろに引っ張る。スルリと上着が脱げてノースリーブのワンピースだけになると、室内で暖房が効いているにもかかわらず、少し肌寒く感じた。

ふと視線を感じ、副社長に顔を向けると、椅子に座っている副社長が私をじっと見つめていた。

「そのまま着ていたらどうだ? 脱いだら肩まで肌が出るだろ。寒いんじゃないのか?」

「い、いえ、大丈夫です。お店の中も暖かいですし……」

私は男性スタッフに上着を渡すと、副社長から視線を逸らすように椅子に座った。
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