月に魔法をかけられて
エントランス前のタクシー乗り場へ向かうと、通常待機しているはずのタクシーは1台も並んでなく、ホテルのドアマンから、タクシー到着まで5分程度かかることが告げられた。

私たちはホテルの中に入って、 タクシーが到着するまで待つことにした。

ホテルの中で待つと言ってもドアの近くに立っているので、時折エントランスのドアが開くと、冷たい風がビューっと吹き込んでくる。

足元からあがってくる冷気に、身体がぶるっと震えた。

無意識に上着の前をギュッと締める。
高級な生地のスーツだからなのかとても暖かく、肌に触れる柔らかさが気持ちいい。

胸の前でギュッと上着を締めていると、ふと指の半分しか出ていないスーツの袖の長さが目に入った。

副社長ってこんなに腕が長いんだ……。

初めて感じる副社長の大きさに、今まで上司としてしか見ていなかった副社長をひとりの「男性」として意識しまう。

私は副社長に気づかれないようにこっそりと視線を向けた。

すると、エントランスのドアが開いたと同時に副社長のフレグランスの香りが再びふわっと漂い、また身体がビクンと反応した。

この香りのせいで、なんだか副社長に包まれているような感覚に陥る。

急に心臓がドクンドクンと音を立て始め、顔が熱くなってきた。

わぁー、私何を考えているの……?
相手は副社長だよ……。
そんなことするはずないじゃん……。

それに……。
瞳子さんの元カレかもしれないし、副社長は今、武田絵奈のことが好きなのに……。
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