月に魔法をかけられて
「それでインフルエンザのまま名古屋に帰るのもつらいだろうからってことで、美月さんに私の家にいたらどうかと提案させてもらったんです。幸い主人がいますので対応もできますし……。そうなんです。このままひとりで東京にいるのも心配ですしね。迷惑なんてとんでもございません。おそらく仕事が忙しかったこともあってお疲れになられたんだと思います。ご実家にはまた改めて帰っていただくようにいたしますので……。はい。ご心配なさらなくても大丈夫ですよ。私が責任を持って看病いたしますので……。はい……。では美月さんにもう一度お代わりしますね」

瞳子さんがそう言って私にスマホを渡す。

「あっ、お母さん? うん。大丈夫。瞳子さんがとっても良くしてくださってね」

「美月、年末だしお正月も来るのに吉川さんのお宅にいてほんとに迷惑じゃないの?」

「うん。大丈夫みたい。だからまた改めて帰るね」

「お母さんとしては美月がひとりじゃないなら安心だけど。それに吉川さんの旦那さんがお医者さんだそうだしね……。迷惑かけないようにしなさいね。もし長引くようだったらお母さんがすぐに東京に行くから連絡して」

「うん。わかった。お母さんごめんね。また電話するね」

お母さんにそう告げると私は電話を切った。

「美月ちゃん、お母さん大丈夫そう?」

「はい。瞳子さんのインフルの話をすっかり信じてくれたみたいで……。でもほんとにいいんでしょうか? 私、ここにいて迷惑じゃないですか? 年末だしお正月も来るのに……。瞳子さんもご実家に帰られるんじゃないですか?」

窺うように瞳子さんの顔を見る。

「うちは年末もお正月も関係ないの。実家なんてしょっちゅう帰れるし。美月ちゃんはそんなこと気にしなくていいの。だからここでゆっくり休んで」

「本当にすみません。ありがとうございます……」

「ううん、大丈夫よ。じゃあそろそろ私たち邪魔者は退散しようかしらね……」

ふふふっと笑いながら瞳子さんが副社長の顔を見た。
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