月に魔法をかけられて
どうやら副社長と石川さんは、高校の時からの友達で、たまにこうして一緒に飲んでいるらしい。

仕事でもかなり関わりがあるそうで、副社長がこの3月まで海外のグループ会社で仕事をしていた時は、海外企業との交渉や契約手続きが発生すると、石川さんは何度も海外まで足を運んだそうだ。

「美月ちゃん、どう思う? こいつさ、急に電話してきたと思ったら、『明後日バンコクに来てくれ』とか、『一週間後にフランスに来い』とか言うんだよ。いくら友達とは言え、めちゃくちゃだよね。ひどすぎるでしょ。俺にも仕事があるっていうのに」

石川さんがニヤリと口角をあげて副社長を見ながら、冗談っぽく私に同意を求める。
私が副社長の秘書だとわかった石川さんは、元々の性格なのか、かなり打ち解けてフランクになり、いつの間にか呼び方も「美月ちゃん」に変わっていた。
それに比べて私は石川さんの話を聞いても、ただ引きつった笑顔を向けることしかできず……。

石川さん、もうひとつお願いです。
お願いですから私に話を振らないでください……。
ほんとにお願いします……。

そんな石川さんに副社長は反論することもなく、片手にビールグラスを持ちながら、フッと余裕そうな笑みを浮かべて石川さんの話を聞いている。

「彩矢ちゃんも言ってやって。私の美月ちゃんをこき使ったらダメだからねって」

「そんなことは言えないですよ。でも美月は秘書としてまだ経験は浅いですけど、気遣いのできる責任感の強い子なので、きっと藤沢さんのサポートをきちんとするはずです。どうかよろしくお願いいたします」

さっきまで『残念なイケメン……』と大笑いしていた彩矢とは違い、なんと優等生な答え。こんな風に副社長の前でも臆することなく、きちんと自分の意見を言ってくれる彩矢に私は感謝することしかできない。
そんな彩矢の言葉を軽く受け流すことなく、きちんと頷いて「わかりました」と真面目に答える副社長。

もしかして、副社長って少しはいい人なのかな……?

4月から半年間、副社長の秘書として近くにいたけれど、今まで見たことのない副社長の一面に戸惑ってしまう。

この人、笑ってるし。
普通に話してるし。
お酒なんか飲んじゃってるし。

目の前にいる副社長は、本当に会社にいるあの副社長なの?
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