月に魔法をかけられて
「な、何もありません……。もうすぐ会社も始まりますし、そろそろお家に帰って私も準備をしないと……」

「準備? 美月ちゃんの言ってることはわかるんだけど……。でも急にどうして……? ほんとは昨日壮真と何かあったんじゃない?」

「ほんとに何もないです……。お世話になっておいて申し訳ないのですが、いつまでも瞳子さんのお家でお世話になるわけにもいかないし……」

「そ、それはわかるんだけど……。でもまだ犯人が誰かもわかってないじゃない? そんな状態で美月ちゃんをお家に帰すことは、私とても心配なの。もう少しだけ、ここにいない? あっ、もしかして、ここで生活するのが嫌かな?」

悲しそうに瞳を揺らす瞳子さん。

「そ、そんなことないです。全然そんなこと思っていません。瞳子さんのこと大好きだし、啓太くんは可愛いし、直人さんにはほんとによくしてもらってるし……。だけど………」

言葉が続かず、涙が零れそうになるのを必死で堪えるために、口をキュッと閉じてしまう。


副社長のことをこんなにも好きになってしまったから……。
副社長と一緒にいるのが辛いから……。

そんなことを瞳子さんに言えるわけもない。


そんな私の表情から何かを感じとったのか、瞳子さんは目を細めて優しく頷いた。

「わかった……。でも美月ちゃん、今日はね、私たち家族3人で初詣に行ってこようと思ってるの。私たちがここに帰って来るまでは待っていてもらえないかな?」

私がコクンと小さく頷くのを見て、瞳子さんはまた言葉を続けた。

「それと……、私たちが出かけている間、美月ちゃんから壮真に今日お家に帰ることを伝えてくれるかな? 私たちが帰ってきたら壮真に美月ちゃんを送ってもらうつもりだから。壮真にも一応予定があるかもしれないからね」

「わかりました………」

私がそう呟くと、瞳子さんはそれ以上何も聞くことはなく、再びお雑煮の準備に取りかかった。
< 242 / 347 >

この作品をシェア

pagetop