月に魔法をかけられて
ベッドで寝てとは言われたものの、勝手に寝室に入るのも憚られ、私はソファーに座り、目の前にあるテレビをぼうっと眺めていた。テレビでは大好きなお笑い番組が流れているというのに、笑えるどころか、話の内容さえ頭の中に入ってこない。

あー、落ち着かない……。

ソファーの上に横たわるわけにもいかず、私は足を上げて体育座りをすると頭を伏せて縮こまっていた。

「……づき……、美月………」

遠くで私の名前を呼ぶ声が聞こえて、目を開きながらゆっくりと顔を上げる。

目の前にはいつの間にお風呂からあがってきたのか、私の顔を覗く副社長がいた。

「きゃっ……」

綺麗な切れ長の瞳に、無造作な半乾きの髪の毛。
スエットの首元から覗く素肌からは色気が漂っていて、そのセクシーさにどうしても男性ということを意識してしまう。

「ごめん、びっくりさせた? こんなところで寝たら風邪ひくだろ。先に寝ててくれてよかったのに……。ごめんな」

私は言葉を発することができず、首を振ることで精一杯だった。

「美月、疲れただろ? 早くベッドに入って。立てる? 立てないなら俺が運んでやるけど」

「だ、大丈夫です……」

なんとか喉の奥から声を出した私は、ソファーから立ち上がって副社長と一緒に寝室へと移動した。

寝室に入り、なんとなく布団の中に入りづらく、ベッドを見つめていると、副社長の手がふわりと私の肩に触れた。

「美月、ベッドに入って。心配しなくても何もしないから……」

「し、心配なんて………」

冷静を装いながら斜め後ろを振り返る。

「どうした? 俺と一緒に寝たい?」

「そ、そんなこと……」

「ひとりで眠れないなら美月が寝るまで俺が隣で添い寝してやるけど……。一緒にベッドに入るか?」

「だ、大丈夫です。ひとりで眠れます……」

副社長はベッドに座った私の頭を優しく撫でたあと、「おやすみ」と言っておでこにキスを落とし、寝室から出ていった。
< 275 / 347 >

この作品をシェア

pagetop