月に魔法をかけられて
仕方ないけど、今から帰るのは遅すぎて怖いし、私は副社長が起きる前に明日の朝イチで帰ることにしよう。

そう思い、スマホで恵比寿から自宅の最寄り駅の木場までの始発の電車を調べる。

5時過ぎか……。
ということは、遅れないように目覚ましを4時半にセットしておかなきゃ。

スマホの目覚ましを4時半にセットしたところで、「あっ」と思わず声を出してしまい、慌てて片手で口を押さえた。

お家に帰ったら、私、ホテルの朝ごはんも食べられないし、エステもできないってこと?
これってキャンセルするの?
あぁぁ……うそでしょ……。

せっかく優雅な誕生日を過ごそうと思って予約した宿泊プランが、全くもって台無しだ。

こんなことになるなんて──。
ほんとに副社長のせいだからね!

どこにも持って行き場のない気持ちに、整った顔をして眠っている副社長が恨めしく思えてくる。

はぁ……最悪………。

それに加えてかなり汗をかいたにもかかわらず、シャワーを浴びることもできないし、かといってテレビをつけて、もしこの状態で副社長が起きてしまったらなんて考えると、容易にテレビもつけられない。

何もすることのない私は、ソファーに座ったままとても重い息を吐くと、天井を見上げて夕方からの出来事を思い返していた。

彩矢とごはんを食べて、このホテルのバーに来たまでは楽しかったのにな。

彩矢とイタリアンのお店に行ったのがなんだか遠い昔のようだ。そして今度は眠っている副社長の顔に視線を向けて、先ほどの副社長の姿を思い出す。

確かにこの人、笑ってたよね?
普通に笑うんだ、この人……。

そんなことを思いながら、私はいつの間にか目を閉じていた。
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