月に魔法をかけられて
会社に到着するまであと少しとなったところで、私は姿勢を低くしながら俯いて車の中から顔が見えないように縮こまった。

「美月、どうしたの? 気分でも悪いのか?」

副社長が横から心配そうにチラチラと私の様子を窺う。

「いえ……、誰かに見られちゃいけないと思って……。変な噂が立ったら副社長に迷惑がかかるし」

両手で顔を覆い俯いたまま、顔を上げずに答える。

「はっ? 何を気にしてんだよ。そんなの気にすんなよ。堂々としてればいいんだ。噂好きな奴らには好きに言わせておけばいい。別に噂が立って困ることなんてひとつもないだろ? 俺が美月を好きなことは事実なんだし、何も迷惑なんかかからないよ。むしろ俺は、美月は俺のものっていう噂が広がって、誰も美月に手を出さなくなる方がうれしいけどな」

気にするなと言われても、副社長の立場を考えると、やっぱり迷惑をかけてしまうのではないかと思い、どうしても気になってしまう。

でも一方で、心ごと奪われてしまうようなうれしい言葉に、涙が溢れそうになった。


この人はいつも私に安心を与えてくれて、私の全てを包みこんで真っ直ぐに愛情を注いでくれる。

私もいつか副社長にとってそう思ってもらえるような存在になりたい……。

私はグッと涙を堪えると、もっと強くなろう……と、そう心に誓った。
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