月に魔法をかけられて
お皿を洗い終えてコーヒーの準備ができたころ、インターホンが鳴り、聡さんがやってきた。

「壮真、遅くにごめん。美月ちゃん、久しぶり」

リビングに入ってきた聡さんは、以前と変わらない人懐っこい笑顔を私に向けた。相変わらず端正な顔立ちで、以前会った時は短めだった髪型が、少し長めに変化している。

「お久しぶりです。あのときはいろいろとありがとうございました。お礼が遅くなってすみません」

そう頭を下げる私に、「お礼なんてとんでもないよ。当然のことだから。それより美月ちゃんが無事で本当によかったよ」とさっそくコートを脱ぎ始める。

「とりあえず聡、早く座れよ。話はそれからだ」

副社長が聡さんを促し、2人は向かい合わせでダイニングテーブルの椅子に座った。

私はそれぞれの前に白い湯気が漂う淹れたてのコーヒーを置くと、副社長の隣に腰を下ろした。

「聡、さっそくだけど犯人が捕まったって本当なのか?」

「ああ。やっと誘拐未遂容疑で捕まったよ。会員制のバーに頻繁に出入りしている2人組の男だった」

鞄から手帳を出して、中に細かく書かれてあるメモを確認しながら話す。

「会員制のバーに出入りしている男? なんでそんなヤツが美月を襲ったんだ?」

副社長が鋭い視線を向けた。

「その会員制のバーなんだが、表向きは普通のバーとして営業してるが、いわゆる出会い系のバーらしくてあまり評判が良くないんだ。お互いが気にいるとバーの奥にある個室に移動して、あとは……わかるだろ? そういったバーで、色々と悪い噂が絶えなくてな。そこに有名人もお忍びで結構出入りしてるみたいなんだ。その中のひとりにあの武田絵奈もいて、かなり頻繁に通っているらしい」

「武田絵奈? モデルの武田絵奈か?」

「ああ。あの女、クリーンで清純なイメージで売り出してるけど、裏では結構評判が悪いらしいぞ。美月ちゃんを襲った男たちともかなり親密だったみたいで……。俺が思うに今回の黒幕は武田絵奈だろう。あの女が2人の男たちに指示してやらせたはずだ。美月ちゃんとあの男たちには全く接点がないからな」

聡さんの言葉に副社長が声を荒げた。

「はぁぁあ? 黒幕が武田絵奈?」

「ああ。ただな、壮真。あの女が黒幕に間違いないんだが、黒幕だという証拠がないんだ。2人の男には防犯カメラの映像もあるし、美月ちゃんのブラウスから出た指紋と証言もある。だけど武田絵奈には何もないんだ。あの男たちが武田絵奈が黒幕だって言えばあの女も捕まるだろうが、まず言わないだろう。相当金をもらってるはずだからな」

聡さんはそこで大きく息を吐いた。
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