月に魔法をかけられて
「くそっ。あの女……」

副社長が言葉を吐き捨てるように嫌悪感を露わにする。
私は聡さんの話を聞きながら一言も話さず、膝の上でぎゅっと両手の拳を握りしめていた。

「でも聡、どうしてあの女が美月を襲うよう指示したんだ? 美月はあの女に何もしてないだろ? 接点もないじゃないか」

「それなんだがな……。彩矢とも話をしたんだが、おそらく美月ちゃんのWEB CMのせいじゃないかって」

「WEB CM?」

副社長が怪訝そうに眉をひそめた。

「ネットで美月ちゃんのWEB CMが流れてただろ? あれで美月ちゃんがつけていたコスメがすごく売れてたらしくってな。彩矢が言うにはSNSでかなり評判になってたらしいんだ。武田絵奈よりこっちのモデルの方が可愛いとか、買うなら美月ちゃんのコスメの色がいいとか……。それに嫉妬したんだと思う。一般の、それも社員の女の子に負けてるんだからな。あの女、相当プライドの高い女らしいぞ」

聡さんはそこまで話すと、マグカップに手を伸ばしてコーヒーをごくりと飲んだ。

「それともうひとつ。ここが一番肝心なんだが、武田絵奈が黒幕だと考える理由がもうひとつある。それはあのWEB CMだけど、美月ちゃんがあのCMのモデルだとは公表してないだろ? 知っているのはごく一部の人間だけだ。知っている人間をひとりずつ除外していって、あの2人の男と接点があるやつと言えば、武田絵奈しか残らない。だから間違いなく本当の犯人は武田絵奈だ」

それを聞いた副社長が怒りをぶつけるようにテーブルをドンと叩いた。

「で、壮真、これからどうするかだ。2人の男は既に捕まってるから法が裁いてくれるだろう。残るは武田絵奈だ。あの2人が武田絵奈に指示をされたと口を割らない限り逮捕することは難しいだろう……」

「そんなのあの女が黒幕だとわかっているのに、あの女だけ何も制裁を加えられないなんて理不尽すぎるだろ。なんとかならないのか?」

「俺もいろいろ考えたんだが、今の状況ではどうすることもできない。何かできるとしたら……週刊誌にこのネタをリークすれば、今の清純なイメージだけは壊せる。犯人とはならなくても、疑惑としてでも報道されれば、あの女は仕事がなくなるどころか、そのうち芸能界からも消えてしまうだろう。男を使ってこんなことをしたんだから。だけどな、壮真。そうなると美月ちゃんの事件も明らかになるんだ。どんなことをされたかってことが世間にさらされる……」

「あぁぁぁ──! くそっ!」

苛立ちを抑えきれない副社長が今度は自分の腿を拳で叩く。2人の話を聞いていた私は、聡さんの方を向いてゆっくりと口を開いた。
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