月に魔法をかけられて
薬指の誓い
あれから新ブランドのことが気になりつつも、私はいつも通り変わらず、何も知らない振りをして過ごしていた。

ただ、副社長の仕事のスケジュールに余裕をもたせたり、夜ごはんは副社長の好きなものをメインに作るようにしたりと気づかれないような小さな変化だけはつけていた。

3月も終盤に差し掛かり、新ブランドについて何も進展が分からないまま、いつものようにスケジュールの調整や移動の手配業務をしていると、突然副社長室のドアが開き、顔を出した副社長に名前を呼ばれた。

「山内さん、ちょっと……」

振り返りながら「はい」と返事をして、メモを持って副社長室に入ると、珍しく机に肘をついて椅子に座っていた副社長が妙なことを言い出した。

「今日の夜ごはんはもう決まってる?」

一瞬何のことを言っているのか分からず、副社長の顔をじっと見つめてしまう。

すると副社長はニコッと笑って地図が印刷された一枚の紙を取り出した。

「夜ごはんのメニューを決めてくれてたら悪いんだけど、今日は週末だしここでごはんを食べて帰ろうと思うんだ。俺は夕方のアポイントが終わったら直接向かうから、18時30分にこのお店に来てくれないかな?」

「あ、あの……、これって私とですか……?」

目を丸くしながら地図を見つめている私に、副社長は再びクスッと笑うと、

「そう、美月と。18時30分だから遅れるなよ」

と言って、私の手に地図を持たせた。



席に戻り、副社長から渡された地図を見ると、場所は六本木にある高層ホテルのフレンチレストランだった。

急にどうしたんだろう……?


首を傾げながら壁に掛けられた時計を確認する。
もうすぐ午後3時になろうとしていた。

ガチャ──とドアが開き、鞄とコートを持った副社長が出てきた。

「山内さん、これからアポイント先に行ってそのまま会食場所へ向かうから。あとはよろしく」

「か、かしこまりました……。行ってらっしゃいませ」

椅子から立ち上がって、笑顔を浮かべて頭を下げる。

副社長は私だけに分かるように口元で弧を描くと、エレベーターホールへと向かっていった。
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