月に魔法をかけられて
そう言えば餡子について聞かれたら、粒あんが美味しいと答えろと言っていたな。
そんなものはどっちだって一緒だろと思うが、ここはとりあえず、粒あんって答えておくか。

「私は粒あんの方が美味しいですし、好きですね」

「なるほど。副社長も粒あん派ですか。私と一緒ですね。やっぱりある程度食感がないと餡は美味しくないですよね」

村上社長が顔を綻ばせて俺に笑顔を向ける。

いい年したおっさんがそんなに餡子の話が楽しいのか?
粒あん派ってなんだ? 
餡子に派閥なんて無いだろ……。
それより年末のクリスマス商戦の話がしたいんだけどな。

なんて言えるわけもなく──。

「そうですね。こしあんは単調といいますか同じ味が最初から最後まで続きますが、粒あんはところどころに食感がありますし、その分甘さが均等ではないところが私は好きですね。安定した味を提供しながら同じものが続かないから楽しめるというか……。仕事と同じような気がします」

愛想笑いを浮かべた俺に、村上社長が穏やかな顔をして微笑んだ。

「副社長、やっぱり君も藤沢社長や先代の社長の血を引いているんだね。君みたいな三代目がいるとなれば、藤沢社長も安心だし、ルナ・ボーテも安泰だね」

それからは村上社長のどこの和菓子が美味しいなど、延々と和菓子話を聞かされ、気がついたら面会時間が終了していた。
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