月に魔法をかけられて
「やっぱり、まだ謝ってなかったんだな。今日連れてきて良かったよ。おい壮真。美月ちゃんに迷惑かけたんだからきちんと謝ってお礼ぐらい言っておけよ」

聡が「やっぱり……」と言わんばかりに俺に視線を向けた。

「聡が俺を起こさなかったから迷惑かけたんだろ!」

俺は秘書に何も言ってないことを、聡の所為にすり替えて、グラスに入っていたビールを飲み干した。すると、秘書がタイミングよく飲み物の注文を聞いてきた。

タイミングがいいのか? 
それとも空気を読むのがうまいのか?

今までの会社での仕事ぶりを見ているとおそらく後者だろう。
注文した飲み物が届き、秘書がそれぞれに渡す。
全員に渡し終えたところで、今度はまた聡がとんでもないことを言い出した。

「ねぇ、美月ちゃん。ここでは副社長っていう呼び方を変えない?」

「あっ、そうですよね。こういう場所で他の方に知られるの良くないですよね。すみません……」

「それもあるけどさ。俺の中で壮真と副社長が一致しないんだよね。一瞬誰のこと?って思っちゃってさ。だってこいつ、壮真だもん」

聡はニヤニヤと俺の方を見ながら楽しそうに笑っている。

「なんだそれ」

思わず俺は聡の顔を呆れたように見返した。

「でさ、ここはフランクに下の名前で呼ぶことにしようよ」

「ひぇっ?」

下の名前で呼ぶことにしようと聞いた時のあまりの秘書の驚きに、俺は飲んでいたビールを吹き出しそうになり、必死でグラスを抑えた。

まあ確かにこういう場所で副社長と呼ばれるのはあまり好ましくないが、「それはお前が彩矢ちゃんに名前を呼んでほしいだけだろ」と心の中で聡にツッコミを入れながら静観する。すると聡は色々とくだらない話をしながら、秘書に彼氏がいるのかを尋ね始めた。
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