赤鬼と黒い蝶
【紗紅side】
「多恵、俺が女であるということは、他言してはならぬ。よいな」
「……はい。あの……紅殿、帰蝶様は何処へ……」
「於濃の方様は俺の着物と刀を奪い、愛しき方の元へ向かわれました」
「……帰蝶様が、男の形をして安土城を抜け出されたとな!?」
「そうだ。このことは上様にも話しておらぬ。くれぐれも他言するでない」
「は、はい!」
「そこで、多恵に折り入って相談がある。平手政秀殿がいらした頃に、上様に仕えていた侍女はまだ存命か? 確か……名はお菊」
「お菊さんなら、この安土城にお仕えしておりますが」
あたしはホッと胸を撫で下ろす。
「お菊をすぐに捜し、こう申し伝えよ。平手紅が着用していた衣服をすぐに持って参れとな!」
「衣服……? は、はい! 直ちに申し伝えます」
多恵は部屋を飛び出したきり、昼になっても戻っては来なかった。
あたしは苛立ちを抑えながら、帰蝶の部屋で待つ。
夜になり、多恵は白髪の侍女と部屋に戻ってきた。あの時の侍女とは思えないくらい歳を取り背を丸めてはいたが、その手には大きな風呂敷包みを抱えていた。
「紅殿、大変お待たせ致しました。紅殿の衣服をようやっと見つけました。お菊さんここへ」
お菊は「よっこらしょ」と腰を下ろす。
正座をし、あたしに深々と頭を下げた。
「平手殿が、あの時『捨ててはならぬ』と仰られたので、大事に保管しておりましたが、安土城に移った時に納戸の奥に仕舞い込み、探し出すのに大層時間が掛かり申し訳ございませんでした」
侍女は風呂敷包みを広げ、衣服を見せた。それはまさしく、あの時身につけていた特攻服だった。
「大儀であった。感謝するぞ。もう下がってよい」
お菊は頭を垂れ、部屋を出て行く。
お菊が退室したと同時に特攻服を両手で掴み、高々と持ち上げた。
「多恵、俺が女であるということは、他言してはならぬ。よいな」
「……はい。あの……紅殿、帰蝶様は何処へ……」
「於濃の方様は俺の着物と刀を奪い、愛しき方の元へ向かわれました」
「……帰蝶様が、男の形をして安土城を抜け出されたとな!?」
「そうだ。このことは上様にも話しておらぬ。くれぐれも他言するでない」
「は、はい!」
「そこで、多恵に折り入って相談がある。平手政秀殿がいらした頃に、上様に仕えていた侍女はまだ存命か? 確か……名はお菊」
「お菊さんなら、この安土城にお仕えしておりますが」
あたしはホッと胸を撫で下ろす。
「お菊をすぐに捜し、こう申し伝えよ。平手紅が着用していた衣服をすぐに持って参れとな!」
「衣服……? は、はい! 直ちに申し伝えます」
多恵は部屋を飛び出したきり、昼になっても戻っては来なかった。
あたしは苛立ちを抑えながら、帰蝶の部屋で待つ。
夜になり、多恵は白髪の侍女と部屋に戻ってきた。あの時の侍女とは思えないくらい歳を取り背を丸めてはいたが、その手には大きな風呂敷包みを抱えていた。
「紅殿、大変お待たせ致しました。紅殿の衣服をようやっと見つけました。お菊さんここへ」
お菊は「よっこらしょ」と腰を下ろす。
正座をし、あたしに深々と頭を下げた。
「平手殿が、あの時『捨ててはならぬ』と仰られたので、大事に保管しておりましたが、安土城に移った時に納戸の奥に仕舞い込み、探し出すのに大層時間が掛かり申し訳ございませんでした」
侍女は風呂敷包みを広げ、衣服を見せた。それはまさしく、あの時身につけていた特攻服だった。
「大儀であった。感謝するぞ。もう下がってよい」
お菊は頭を垂れ、部屋を出て行く。
お菊が退室したと同時に特攻服を両手で掴み、高々と持ち上げた。