ニセモノの白い椿【完結】

episode4 友情という名の防護壁が崩れる時





7月――。
そろそろ梅雨明けも近いからか、晴れ間の日が続いたりもする。

季節は夏だ。
いつの間にやら、世間は一年の中でもきらきらと輝く季節に変わっていた。

この日、私は定時を過ぎても仕事をしていた。
直属の上司にあたる人から残業を頼まれたからだ。

時間外勤務分の手当てが出るから、私としては嬉しいくらいだ。
お金は稼げるだけ稼ぎたい。早く貯めなければならないし。
それに――。なんとなく、早く帰りたくない。という気持ちが働いたりする。

仕事だ、仕事――。

大人にとっての仕事は、義務であり苦痛なものでありながら、ある時には恰好の逃げ場所になったりもする。

特に業務が忙しい時ほどいい。
余計なことを考える暇もなければ、時間があっという間に過ぎてくれる。


「お疲れ様でした」

残業を終えて駅に向かう。

これから帰る場所は、木村のマンションで。どちらが先に着くのか分からないけど、木村と顔を合わせなければいけないわけで――って、そんなことは当たり前のことだ。それが嫌なわけじゃない。
ただ、最近、妙に緊張するのだ。

木村相手に緊張するという自分が、また嫌で。緊張なんかしていない、と装うために意味もなく可笑しなことを言ったり。

自分が一体何をしているのか分からなくなることがある。
そして、一人になると疲れているのだ。

最近の私は、どこか心が不安定だ。

いろいろあり過ぎて、疲れているのかも――。

心の中でそう呟いてみる。それさえも、白々しいと感じている自分がどこかにいて……。

あーっ、もう!

訳が分からない。
自然と湧きあがる感情を否定して誤魔化すためにいろいろと工作しているうちに、自分の心でさえどこか遠くに行ってしまった。

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