ニセモノの白い椿【完結】
「――ちょっと、生田さん。待って」
気付けば小走りになっていた。
そんな私を追いかけるように、立科さんの声が背後から聞こえる。
「まだ何か? 木村さんにはちゃんとお相手がいたみたいですけど?」
本当にいい加減にしてほしい。
ホテルのエントランスを抜けて外へと出た先で、立科さんと向き合った。
「……本当に、そうかな?」
うんざりして大きな溜息を吐く。
「さっきのあいつの顔、何、あれ」
そう蔑むように吐き捨てると、立科さんが私を見据えた。
「あいつの、あんな表情、初めて見たよ」
「何を言ってるのかまったく理解できないけど、とにかくもう帰ります。これ以上、私に関わらないで」
一刻も早く一人になりたかった。
大股で歩き出した私に、もう聞くのも嫌な声が投げつけられる。
「あなたが俺のものになるまで、諦めませんよ」
振り返ることもなくただ足を前に出す。そこから、立科から少しでも遠く離れたかった。
大通りをただ必死に歩いた。
何もかもが面倒で。
何もかもがしんどい。
――そう言えば。今日の夕方、電話で話していたもんな。このホテルで待ち合わせだって。
立科さんの声がべったりと張り付いて離れない。どんなに振り払おうとも、何度も何度も再生される。
今頃、どこかの女性と一緒に過ごしているのだろうか。
そんな木村が帰って来るのを、あのマンションで待っていなければならないのだろうか。
そして、何でもないような顔をして木村と向き合わなければならないのだろうか――。
そう思ったら、足がぴたりと止まる。
帰りたくない――。
一度そう思ってしまったら足が動かなくなった。